第94話 密談

摂津国大阪城に設けられた将軍足利義藤の別室とも言える茶室。

とても小さく簡素な作りの小屋に見える。

小さな入り口から中に入ると、中は四畳半ほどの狭い室内であり、奥には‘’一期一会‘’の掛け軸。

他には茶の湯の道具があるのみで簡素な作りであった。

部屋の中には、茶筅で茶を点てる音がのみが聞こえる。

将軍足利義藤がお気に入りの黒茶碗に茶を点てていた。

ゆったりとした時間が流れる中、将軍足利義藤は目の前の男に茶を差し出す。

「上様。どうやら南蛮人達は上様の指示には素直に従うようで良かったですな」

彦八郎(後の今井宗及)はそう呟くと将軍足利義藤の点てた茶をいただく。

「彦八郎。それは甘すぎるぞ」

その言葉に彦八郎は驚く。

「甘すぎるとは、まさか、南蛮人たちが上様に背いて何か企むとでも。ですが南蛮人達は大して反論もせずに、大人しく帰ったではありませぬか」

「彦八郎。お主はまだまだ甘い。目の前にうまそうな日本という獲物があるのだ。やめろと言われ、素直にやめるのなら多くの者達が奴隷になって、南蛮人の農場で牛馬の如く扱われておらんよ。商人も目の前に上手くすれば莫大な儲けが得られる話が転がっていれば、どうにかしてそれを得たいと思うだろう」

「それはそうですけど、ならば如何いたします」

「彦八郎は商人の繋がりを使い、九州における南蛮の国と宣教師の動静についての情報を集めよ」

「承知いたしました」

「商人の博多衆にも顔が効くであろう。博多衆を味方につけ、九州の諸大名を見張ってもらいたい。先ほども言ったように特に南蛮商人や伴天連との接触に関して注意を払ってくれ」

将軍足利義藤は、忍びを増員して多くを西国へ送っている。

さらに忍びとは別に商人を動かし、商いを通じての監視網を作ろうとしていた。

「九州の諸大名が南蛮と通じるとお疑いで」

「伴天連と通じることで得られる利益に、目が眩む者は当然出てくるだろう。交易で得ることができる利益。目新しい伴天連の教え。惹かれる要素は十分にある。宗教は恐ろしいまでの魅力を持っている。そこに取り憑かれれば、勝手に神や仏の名を持ち出し殺し合いを始める。神や仏の名を持ち出して戦いが始まれば簡単には終わらない。凄惨な殲滅戦が待っている。これ以上宗教による戦いを起こすわけにはいかんのだ。伴天連に取り込まれれば日本は滅ぶ」

将軍足利義藤の言葉に彦八郎は表情を引き締める。

「承知しました。博多衆の中でも力のある者達に知り合いがおります。その伝を使いましょう」

「それと南蛮人の船を手に入れてもらいたい。無理なら、我らで作るための船の情報を手に入れてくれ」

「南蛮の船でございますか」

「そうだ。我らの船は大陸との交易には向いていないようだ。そこで南蛮人の船なら、遠い南蛮の国からやってくるのだ。交易に向いているであろう」

「南蛮の船の件も承知いたしました」

将軍足利義藤は西国への監視を強めるのであった。


ーーーーー


摂津国沖合に停泊していた南蛮船は、フランシスコ・ザビエルら一行を乗せ九州へと向かった。

南蛮船の中では、宣教師達とは別の部屋で2人の男達が密談をしていた。

南蛮商人に紛れ込んでいたマテオと呼ばれた男。

そしてマテオの部下であるマヌエルであった。

椅子に座り、テーブルの上にはワインの入ったグラスがあった。

「まさか将軍があそこまで我らの情報を持っていたとは思わなんだ」

「マテオ様。将軍はなかなか一筋縄ではいかぬ相手のようですな」

「だからと言って、おめおめと尻尾を巻いて逃げる訳にはいかん」

「将軍が強硬手段に出るのでは」

「それを恐れて逃げるのか、こんなに宝の山が溢れているのに。この国の者達は勤勉で頭がいい。奴隷にするにはこれほど有能な民族は他にいないだろう。この国の全てを抑えなくても九州だけを抑えても十分に旨みのある国だ」

「しかし、武士と呼ばれる者達は、非常に好戦的で精鋭に見えます、我々よりも高性能の火縄銃を大量に持っていて、将軍の動かす軍勢は数十万とも言われています。他の国のように簡単に崩せる見込みが立ちません」

「我らが直接戦うわけではない。九州に伴天連の大名達を作り上げ、その者達が戦うのだ」

「それには宣教師どもに動いてもらい、洗脳し・・いや入信してもらう必要があります。ですが将軍の強行姿勢に宣教師達の心が折れかけています」

「奴らのことなら大丈夫だ」

「大丈夫と言われましても、ザビエル殿を含めた宣教師達は意気消沈しておりますぞ」

マヌエルの言葉にマテオは、大袈裟に両手を広げる。

そして口元に笑いを浮かべ仰々しく話す。

「これは神の与えた試練であり、この国を伴天連の国に変えることがあなた達の使命だ。それを邪魔する将軍は悪魔の手先なのだ・・・と囁いてやればいいのだ。そう囁いてやれば奴らは命懸けで動く。そうなれば、将軍を怒らせ討たれることになったとしても、奴らは殉教者となれて満足であろう」

「クククク・・マテオ様も悪ですな」

マヌエルは忍び笑いを浮かべる。

「失礼な、誰よりも祖国の発展を望み、祖国への愛情が深いだけさ。我の王は100人の宣教師の笑顔よりも、1枚の金貨の輝きを喜ばれる。当然だろう」

「なるほど、確かに金貨の輝きには勝てませぬな」

「この国には奴隷の他に金山・銀山も豊富にある。他に取られる前に我らで抑える」

「九州の地はそのための第一歩ですな」

「上手くいけば我らの王も喜ばれることだろう」

「ならばどう動きます」

「九州の地では大名の大友家が有望だ。大友の当主が伴天連にかなりの興味を示していると聞いた。大友に宣教師を向かわせて入信させるように持っていく。そして、九州を伴天連の国に変え最終的に我らの王が治める国とする」

「支援策も必要でしょう」

「大友が九州を支配できるように支援が必要だな。大友に優先的な交易権を与え、火縄銃を支援してやるか」

「分かりました。なら、さっそく宣教師達に囁いてきますか」

「九州まで少し時間がある。毎日のように囁いてやればその気になるだろう」

二人はこれからの未来を祝うようにワインで乾杯をして、グラスのワインを飲み干すのであった。

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