第93話 通告
摂津国代官所である大阪城は緊張感に包まれていた。
常時三千の兵が詰めているが将軍足利義藤が在城しているため、さらに精鋭である五千の兵が増員され、臨戦体制が敷かれていた。
そこに初めて見る南蛮人の一行が尋ねてきたからである。
見たことも無い南蛮人。
瞳の色、肌の色を含め何もかも日本人と違う。
警戒心を高め、そのひとつひとつの動きに神経を尖らせている。
南蛮人の一行は十人。
通訳を含む三人が日本人である。
案内の武士の後に続いて城内を進んでいく。
歩くたびに鶯張りの床が特有の音をたてて一行の存在を知らせている。
途中、数カ所で火縄の匂いがしてきて一行の緊張感が増していく。
将軍足利義藤の指示で、わざと火縄銃に使う火縄に火をつけ、火縄が燻っている匂いを流していた。
南蛮人たちが、火縄の匂いにどう反応するのか、忍びのものたちが密かに見ている。
南蛮人一行の中で、火縄の匂いにすぐに反応して顔色が変わった者たちいた。
一行の他の者たちと反応の仕方が違う。
その様子は全て将軍足利義藤へと報告されていく。
異様な緊張感を保ったまま南蛮人の一行は謁見が行われる広間へと入っていった。
「上様」
伊賀忍び服部保長が将軍足利義藤へ報告するために将軍のいる部屋へと入ってきた。
「保長か、どうであった」
「南蛮人の一行の中に、やはり南蛮の武人もしくは将兵らしきものがおります」
「護衛と言えなくもないが、あちらの申し出では、伴天連の宣教師と通訳、南蛮の商人のみと言っている。その中に南蛮の武人か南蛮の将兵らしき者がいるのか」
「おそらく商人と偽っているのでしょう。火縄の匂いに対する反応、身のこなし。日頃から訓練を受けていなければできない動きと思われます」
「やはり彦八郎の申す通り、裏に別の思惑も隠れているか。彦八郎が琉球や呂宋の商人から集めた情報通りということだな」
考え込んでいると細川藤孝がやって来た。
「上様。すでに南蛮人たちが広間にて待っております」
「分かった。会ってみれば分かるか・・行くとするか」
将軍足利義藤は立ち上がると、南蛮人の待つ広間へと向かった。
将軍足利義藤が広間に入ると幕臣たちは揃い、その中央に南蛮人たちが座っている。
将軍足利義藤は広間上座中央に腰を下ろした。
その両側には護衛の武士が左右を固める。
隣の控えの間には、武装した龍騎衆がいつでも討って出ることができるように控えていた。
「儂が将軍足利義藤である」
「通訳の与四郎と申します。ザビエル様たちは日本語が話せませぬので、この与四郎が通訳をさせていただきます」
「よかろう。通訳の儀、許すこととする」
「ありがとうございます」
フランシスコザビエルの言葉を通訳である与四郎が話す形で進められることになった。
「これは、ザビエル様たちより上様への献上の品になります」
いくつもの品々が前に出される。
置き時計、ビロードのマント、地球儀、西洋の剣。
将軍足利義藤は献上の品には目もくれずに南蛮人たちを見つめる。
「さっそくだが、この国に何のために来たのだ」
「布教のために参りました」
「布教。それは南蛮の地で信じられている南蛮人の信仰している神の教えか」
「はい、それをこの日本の地に広めたくやってまいりました。ぜひこの場でも教えを説明させていただければ幸いです」
「その必要は無い。布教は認めない」
将軍足利義藤の一方的な言葉に南蛮人一行は衝撃を受けていた。
「なぜでございます。これは本物の真実の教え」
「必要ないと言っている。本物だとか真実など、立場や見る角度で変わるものだ。同じ行為でも見る角度で悪にも正義にでもなる」
「そのようなことは」
「伝え聞くところでは、その方らの教えが広まった国は、国が倒れ全ての民が奴隷にされていると聞く。その教えとやらが真実だというなら、全ての奴隷を解放させたらどうだ。そうしたら話を聞いてやろう」
「ま・まさか・そのようなことは・・・」
「多くの日本の商人たちが琉球や呂宋で集めた情報だ。多くの民が奴隷として南蛮の国や農場で牛馬の如く扱われていると聞く。日本人であるお前たちも、そのうち奴隷にされるのではないのか」
将軍足利義藤の言葉に同行していた日本人たちが動揺する。
「そ・・そんなはず・・・」
「はっきり言っておこう。この日本での布教は一切認めない。ようやく宗教による戦が収まったところにお前達の教えとやらを入れたら、再び戦が起こることは確実。畿内はもちろん、この日本のどこであっても布教は認めない。禁止である。日本の全ての大名は我が家臣である。遠い九州であれば分からないだろうと考えるなら大間違いだ。九州の大名には布教を禁止する通達を出す。逆らう大名は逆臣として討伐するのみである」
「お待ちください」
「くどい。必要無いと言っている」
「我らはそのようなつもりはあ・・・」
「お前達にそのつもりが無くても、結果としてそうなる。南蛮の国の王や諸侯、商人がそのように動くのだ。南蛮の商人達は日本人を奴隷として売り捌いてやろうと、涎を流しながら日本人を見ていることだろう。何なら、お前達の一行の中にいる商人と偽っている武人に聞いてみたらどうだ」
その言葉を通訳された南蛮人の一行は驚き、顔色を失う。
「南蛮の宣教師は今後入国は認めない。商人のみ入国を認めるものとする。それを破れば極刑とする。禁令を破った大名は討伐して、取り潰し。日本人を奴隷として売り買いした商人も同様に極刑として処罰する。日本人で入信しているものは他人に教えを広めることは禁止。破れば同様に処罰する」
「お待ち・・・」
「くどい。お前達は純粋な考えからであっても、お前達の周囲にいるもの達はそうでは無い。お目達の周囲にいる南蛮のもの達は欲にまみれ、欲望のために動く。お前達の周囲にいる南蛮の王や諸侯、商人達は己の利益のためなら神さえも売り払う輩だと思うぞ。儂はこの日本の全ての民を守るためには、鬼にもなる覚悟である」
「・・・・・」
「話は以上である。南蛮人の宣教師とやらは直ちに日本を出よ。儂が言ったことをよく覚えておくがいい」
将軍足利義藤は立ち上がると振り返ることもなく広間を後にした。
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