第91話 和睦

将軍足利義藤が朝餉を食べているところに細川藤孝がやってきた。

「上様。尼子晴久殿より使者が来ております」

「尼子晴久からの使者だと」

「はい,宇山久兼と名乗っております」

「宇山久兼」

「確か,尼子経久の代から3代に渡って尼子に仕えている重臣です」

「それでその尼子晴久の重臣が儂に何の用なのだ」

「尼子国久との和睦仲介をお願いしたいとのことです」

「和睦の仲介か」

将軍足利義藤は少し渋い表情をする。

和睦をさせるにはまだ少し早いかと見ていたからだ。

双方が疲弊すぎても後が大変だが,それなりに余力が残してあれば,それはそれで後々再び戦いとなりかねないからである。

なるべくなら余計な介入はしたくないと言うのが本音であった。

「上様。ここはお会いになるしかないかと」

「どうしてもか」

「ここで和睦を仲介しておけば,上様にとっても利になるかと存じます」

「儂の利になるか・それは条件次第か・・会うとするか」

箸を置いて,将軍足利義藤は立ち上がり広間へと向かう。

広間には既に将軍足利義藤に同行してきた武将達が両側に並んでいる。

広間中央には年老いた武将が一人いた。

将軍足利義藤は広間上座奥に座る。

「儂が将軍足利義藤である」

「上様のご尊顔を拝し奉り恐悦に存じます。拙者,尼子晴久が家臣・宇山久兼と申します」

「如何なる要件でここに来たのだ」

「新宮党を率いる尼子国久殿が謀反を起こし,そこに毛利元就が密かに加勢しております。主である尼子晴久は居城月山富田城にて籠城してります。急だったために手勢も揃わず謀反人尼子国久を倒すまでには至らず。双方睨み合いの状況が続いております」

「それで,儂に和睦仲介をしてほしいということか」

「何卒,お願いいたします」

将軍足利義藤はしばらく考え込んでから口を開いた。

「和睦により双方は兵を引くこと。停戦は5年。敵が自領に攻め込んで来た場合のみ軍勢を動かすことを認めるが,それ以外は儂の許可を得るものとする。また他国に攻め込むことも当然禁止である。もしも違反したら朝敵・幕府御敵として幕府軍10万によって殲滅する。これが儂の条件だ」

宇山久兼は厳しい条件に驚く。

「承知しました。ですが毛利はどうなさるのです。新宮党の裏には毛利がおりますぞ」

「毛利元就はここに呼び出して出雲には出だしするなと命じておこう。元就のことだ和睦の匂いを嗅ぎつけてそろそろここに来る頃だろう。油断のならん爺さんだからな」

「毛利元就と会われたことがおありで」

「油断のならん爺さんだ。謀神の呼び名は伊達では無いな」

広間にやってくる足音がする。

「上様」

広間の外から家臣の声がする。

「なんだ」

「毛利元就殿がお見えです」

「まったく,噂をすればだ。ここに呼べ!」

しばらくすると毛利元就が広間に入ってきた。

「上様。お久しぶりでございます」

宇山久兼は怒りの声をあげる。

「貴様,尼子国久の謀反を後押ししたのは貴様か」

「何のことやら。我らの軍勢は国境を越えていませんぞ。国境を守るように申し付けてありますが,出雲国には一歩たりとも入っていませんな。そのような言い掛かりは,我ら毛利を貶めるための暴言にすぎん」

「貴様が尼子国久に宛てた書状もあるぞ」

「いやはや,それこそ策略の証拠でしょう。そのような書状は出しておりません。我らを嵌める悪辣なる偽書状でしょうな。儂の自筆の書状,儂の右筆の書いた書状などと比べてもよろしいですぞ」

「何だと」

毛利元就は口元に笑みを浮かべている。

「貴様!どの口が・・・」

「宇山久兼。静かにせよ。上様の御前であるぞ」

細川藤孝の声が響き渡る。

宇山久兼は黙りながらも毛利元就を睨む。

「元就も元気そうじゃないか。元気がありすぎて色々動いているようだな。もう歳なんだから程々にしたらどうだ。欲をかくと碌なことが無いぞ。あまり儂の手を煩わせるな」

「お手を煩わせて申し訳ございません。ですがまだまだ若いものに任せる訳にはいきませぬ」

「それで尼子国久率いる新宮党に手を貸しているのか」

「そのような大それた事はしておりませぬ。それは我ら毛利を貶めるための策略」

「ならば,元就。お主も和睦の証人となってもらうぞ」

「はっ,上様のご命令とあらば喜んで」

「まず,毛利は出雲国に手を出すな」

「この毛利元就,忠実なる上様の家臣でございますから,それは当然のこと。先ほども申した通り出雲国には入っておりませぬから問題ございません」

「尼子晴久・尼子国久の停戦は5年。儂の許可無く他領・他国に兵を出すことは禁止。違反すれば朝敵・幕府御敵として幕府軍10万により殲滅する」

「承知いたしました。全て問題ございません」

「藤孝」

「はっ」

「尼子晴久,尼子国久に儂の書状を持たせた使者を出せ。和睦に同意せぬなら討伐すると伝えよ」

「承知いたしました」

将軍足利義藤からの正式な使者が,尼子晴久,尼子国久の双方に送られ将軍からの和睦条件が示された。

後日,将軍足利義藤の仲介で尼子晴久,尼子国久の和睦が成立。

これにより尼子勢の分断となり尼子の動きが大きく制約されることとなった。

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