第90話 尼子内乱

出雲国月山富田城の広間では,尼子晴久とその家臣達が揃っていた。

広間上座では,尼子晴久が険しい表情をしている。

尼子晴久は、新宮党を率いる実弟の尼子国久とその嫡男誠久を登城するように命じて待っていた。

隣の部屋には武装した家臣達を控えさせている。

登城してきたら新宮党を率いる尼子国久と誠久を討つためであった。

だが,指定した登城刻限を過ぎても登城してこない。

「おのれ国久。儂を舐めおって」

居並ぶ家臣達が騒ぎ始める。

「殿。来ないということはやましい事があるからでございます。まさしくその書状の裏付けになるのではありませんか」

尼子晴久の手元に一通の書状があった。

山佐の地で殺されていた山伏の懐に毛利と新宮党の密約が書かれた書状があった。

新宮党の謀反に毛利が手を貸すことと、その後毛利と新宮党が同盟を結ぶことが書かれている。

尼子晴久に従う国衆がその書状を発見して尼子晴久に届けたことで,普段から傲慢だと言われている新宮党を潰して,その広大な領地を奪い取ることを決断。

まともにぶつかれば尼子晴久の軍勢であっても危うい。

そこで月山富田城に呼び出して騙し討ちにすることにして,手勢を揃え待ち構えているのであった。

そこに家臣が慌ただしく走り込んでくる。

「出雲西部において新宮党が周辺国衆を攻めております」

「新宮党が武装蜂起。新宮党の軍勢がこちらに向かっております」

居並ぶ重臣達の顔色が変わる。

「国久に情報が漏れたのか」

尼子晴久は尼子国久を誘き寄せるため,軍勢を揃えていることが悟られないように注意を払っていた。そのことは家臣達にも厳しく注意を与えていたにも関わらず尼子国久は来ない。

広間の隅で控えていた琵琶法師角都は,密かにほくそ笑んでいる。

実は,琵琶法師の角都が毛利元就の指示で新宮党に情報を与えたのであった。

角都は,尼子晴久から琵琶を演奏しながら各国衆の内情を探るように命じられ,尼子国久のところにも何度も足を運び琵琶を奏でている。

元々毛利の忍びである角都からしたら,尼子晴久の後ろ盾で尼子の内情を探る事ができ,さらに主人である毛利元就の策略を仕込めるのだから,まさに願ったり叶ったりであった。

尼子晴久の後ろ盾を使い,その尼子自体を弱体化させる策を仕込むことに利用する。

角都は,尼子国久に対して尼子晴久が新宮党の持つ領地と権利を狙っており,尼子国久と毛利との密約をでっち上げて騙し討ちにしようとしていると伝えていた。

新宮党の持つ領地は広い。

出雲国東部地域と出雲国西部にある塩冶えんやも有していて,独自に多くの権限も有しており尼子晴久の決定事項にも度々介入して異を唱えている。

あまりにも力が強すぎる新宮党に対して,日頃から尼子晴久の苛立ちが募っていた。

「儂に歯向かうならば叩き潰せば良いだけだ。迎え撃つ。急げ」

尼子晴久の指示で慌てて迎え撃つ準備を始める重臣達。

だが重臣達の表情は何処となく暗い。

「新宮党は尼子随一の精鋭揃い。大丈夫なのか」

「新宮党と正面から戦えばただでは済まない」

「自領が心配だ。先に攻められ奪われているかもしれん」

「自領に置いて来た妻子が心配だ」

家臣達の呟きは慌ただしさの中に消えていく。


ーーーーー


月山富田城は新宮党により包囲されていた。

しかし,お互いに攻め切るための決め手に欠け,尼子晴久と新宮党を率いる尼子国久との戦いは泥沼の様相を呈し始めた。

お互いに攻めきれずに消耗していく。

「何をしている。新宮党の軍勢如きに手間取るとはどうなっている」

新宮党の攻勢に対して尼子晴久側は月山富田城で守りを固めていた。

そもそもここまでの大規模な戦を想定しておらず,尼子国久と誠久を騙し討ちにしてしまえば,新宮党の残党は簡単に靡くと考えていたため,小規模な抵抗を抑えることに必要な軍勢は揃えていたが,大規模な戦を行うまでの軍勢は揃えていなかった。

宇山久兼が尼子晴久の前に進みでる。

尼子晴久の祖父尼子経久の時代から尼子に仕える重臣である。

「殿。新宮党とここまで大規模な戦いをすることを想定しておりません。そのため攻勢に出るには,手勢が足りませぬ。この月山富田城を守るので手一杯でございます」

「何を言っている。あの謀反人どもを放置するのか」

「殿。ここは和睦すべきと存じます。新宮党は毛利の支援を受けております。このまま悪戯に時間をかければ,出雲国は全て新宮党に制圧されてしまいます」

「何を言っている」

「今は忍耐の時でございます。時を掛け,新宮党を切り崩していくのです」

尼子晴久の表情がいっそう険しさを増していく。

「誰に仲介を頼むのだ。毛利は新宮党を押している。但馬国山名は弱体化してそんな力は無い。播磨国赤松は実質的に幕府の管理下にある」

「足利将軍足利義藤様をおいて他にありません」

「上様だと」

「既に姫路に1万の幕府軍と共にいらっしゃると聞いております。石見銀山と事実上の幕府領となっている美作・播磨に手を出さぬことを確約すれば動いてくださるかと」

尼子晴久はしばらく考え込む。

「宇山。姫路に行けるか」

「お任せください。この宇山久兼。必ずや上様に和睦仲介をお願いいたします」

「宇山。上様の件はお主に任せる」

「直ちに向かいます」

宇山久兼は,深夜に新宮党の包囲を潜り抜け姫路へと向かった。

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