第89話 姫路入り

将軍足利義藤が新たに築城させた姫路城は,西国を睨む要衝としての役目を持っている。

通常は龍騎衆の3千〜5千が詰めている。

そして現在,将軍の姫路入りのため1万に増員されていた。

必要なら三好長慶ら三好勢を呼び寄せる手筈もつけてある。

将軍足利義藤が細川藤孝ら重臣らと共に日本丸を降りると,迎えの龍騎衆の他に播磨守護赤松晴政と播磨国衆の黒田職隆くろだもとたかの姿がある。

「晴政。久しぶりである。播磨国は平穏であると聞いておるが問題は無いか」

「上様。お久しぶりでございます。上様のお力のお陰でございます。播磨国・美作国は平穏でございます。詳しいお話は城にて」

「分かった。さっそく城に向かうこととする」

護衛の龍騎衆と共に姫路城へとゆっくりと向かっている。

少し暑く感じるが心地よい風が吹いてきているため,たいして暑くは無い。

白い漆喰を多く使った姫路城が見えてきた。

将軍足利義藤の指示で西国の要衝として新たに築かれ,敵を圧倒するため大きさにこだわって作らせた城。

近江国には,比叡山などの寺院の石垣を手がける穴太衆と呼ばれる石工達がいる。

その穴太衆を召し出して命じて作らせた石垣。

高く積み上げた石垣だけでも見るものを圧倒する。

五層の天守,広く深く掘られた外堀・内堀,多数の郭と櫓。

城の総構えは3里(約12km)にも及ぶ。

外から見れば完成しており,その圧倒的存在感を周囲に見せているが,内部はまだ完成していない部分もあり,工事が続けられていた。

城に入ると広間へと向かう。

広間へ向かうために廊下を歩くと足元で音が鳴る。

鶯張りと呼ばれる作り。

廊下を歩けば必ずその音で侵入者の存在を知らせる作りだ。

広間へ入る周辺の廊下の壁には,多数の槍と火縄銃が架けられており,いつでも使える体制となっている。

広間に入ると将軍足利義藤は広間奥の上座に座る。

「さて,晴政。報告を聞こうか」

「はっ,尼子に関する報告でございます」

「尼子晴政は毛利に攻め込んだのか」

「いえ,その前に尼子家内部での対立が表面化しております」

「内部対立だと」

「尼子家には新宮党と呼ばれる精鋭がおります。その新宮党と尼子晴久の対立が表面化して,すでに小競り合いが起きており,死者も出ております」

「死者まで出ていれば,お互い引くに引けないだろう」

「その通りでございます。双方全く引くつもりは無いようで,いつ戦になってもおかしくは無いほどの状況でございます」

「尼子は毛利攻めどころでは無いな」

「その通りでございます。いつこちらに飛び火するか分からぬ状況かと」

「しばらく警戒と情報を集めねばならんな。晴政,尼子の情勢を収集せよ」

「はっ,承知しました」

赤松晴政と黒田職隆が下がると将軍足利義は細川藤孝と奥の部屋へと入る。

するとそこには伊賀忍びである服部保長が控えていた。

「保長。待たせたな」

「いえ,問題ございません」

「ならば,詳しい報告を聞こうか」

「はっ,赤松晴久殿が話された通り尼子内部での対立が表面化しており,もはや鎮静化は不可能なところまできております。いつ戦となっても不思議ではありません」

「戦になるか・・毛利の仕掛けか」

「毛利元就の指示で世鬼衆が動いております」

「世鬼衆?」

「毛利家中で忍びに近い役割を与えられている者達です。人数はたいしておりません」

「それで,その世鬼衆はどう動いたのだ」

「新宮党の者達数名が酒宴を開いているところに,尼子晴久の手先を装って乱入して酒に酔っていた新宮党の数名を殺害。さらにその後,新宮党を疎ましく思っている尼子晴久に殺されたと噂を撒き,次に新宮党の報復に見せかけ反新宮党の急先鋒である国衆を一人始末。そこから非難の応酬を繰り返し,双方軍勢を集め始めております」

「戦となるのは時間の問題か」

「元々根深い対立がございましたから,それが表面化しただけとも言えます」

「尼子晴久は,対立を収めようとしていないのか」

「尼子晴久の側近くに仕える寵臣に,角都と名乗る盲目の琵琶法師がおります。この角都が毛利の放った忍び。角都は尼子晴久に対して,事あるごとに新宮党の危険性をほのめかし,やがて新宮党が謀反を企んでいると信じ込ませるところまで来ております。尼子晴久は操られていることすら気づいておりませぬ」

「毛利元就はどうするつもりなのだ」

「すでに石見国と出雲国の国境に軍勢を送り,守りを固めて様子見でございます」

「あの謀神がただ単に国境を守るだけのはずが無い。しばらくは静観して共倒れを狙うか」

「尼子勢の共倒れですか」

「そうだ。新宮党が不利なら多少手を貸してやり,泥沼の戦いにして徹底的に尼子勢の力を削ぎ落とすつもりだな。おそらく,出雲国内には毛利の手先が入り込んで尼子の内乱を大きくするために動いていることだろう。先ほど話にあった世鬼衆など喜んで動いているはずだ」

服部保長の報告にしばらく考え込んでいる将軍足利義藤に対して細川藤孝が声をかける。

「上様。我らは如何いたします」

「儂らは火の粉が飛んでこなければ静観の構えだ。戦乱がひどくなれば介入も考えねばならん。ただその後が問題だ。泥沼の戦いとなれば出雲は荒廃してしまうだろう。そうなれば毛利元就の奴が出雲国を儂に丸投げしてくる可能性がある」

「出雲国を丸投げですか」

「荒廃すれば復旧には莫大な銭と時間がかかる。それなら幕府に任せてしまえば,毛利が儂に忠節を誓っている限りは毛利に攻め込むことは無い。結果として石見は安泰となる。復旧させるための余計な銭もかからず,国境の兵も減らせ,その分を他に回せる。九州では大友と睨み合いをしていところだろうから,そちらに手勢を回せることになる」

「・・いやはや,とんでも無い話ですな」

「だから基本静観の構えだと言ったのだ。火中の栗は拾いたく無いからな」

将軍足利義藤は少し疲れた表情をしていた。

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