第88話 日本丸と海の民

将軍足利義藤は、密かに姫路城に向かっていた。

事前に姫路城の龍騎衆を1万に増員するために陸路増員の軍勢を姫路に送っていた。

将軍足利義藤自身は海路を使って姫路に向かっている。

当然、多くの警護の船を引き連れていた。

警護は淡路水軍と村上水軍が行い、邪魔されることもなく海路を姫路へと進んでいた。

将軍足利義藤が乗っているのは、自らが船大工たちに命じて密かに作らせていた巨船であり、将軍自ら日本丸と名付けた大型の安宅船あたけぶねであった。

日本丸は1000石を超える巨船であり、広い船上に矢倉と呼ばれる城の天守を模したような建物を載せている。

その天守の如き建物は船によっては2層(2階建て)から4層(4階建て)まであった。

船大工たちは、将軍の威信を見せるために4層にしようとしたが、将軍足利義藤からそこまでする必要は無いとして、日本丸の天守は二層の作りとなっていた。

船の周囲には木製の盾を備え、敵船からの弓矢による攻撃を防ぐ作りをしており、この船には火縄銃や開発中の小型の大砲による攻撃ができるように、狭間と言われる小窓まで作っている。

その姿はまさしく海の上に浮かぶ城そのものであった。

日本丸は巨大な帆を二つ備え、帆いっぱいに風を受けて瀬戸内の海を軽快に進む。

巨船である日本丸は帆の力だけ進む訳では無く、風の無い凪の時は艪を使い航行する。

巨大な船であるため艪の漕ぎ手だけでも200人が乗り込んでいて、さらに漕ぎ手と別に将軍の警護を兼た数百人の兵が乗り込んでいた。

まさに巨船である。

そんな日本丸には、村上水軍の村上武吉が乗り込んでいた。

本来ならば、自らの村上水軍の船で向かうつもりであったが、日本丸の巨大な姿を見た瞬間、将軍に日本丸への乗船を願い出て、特別に日本丸に乗り込む事を許可されたのだ。

村上武吉自身もこれほどの巨船に乗るのは初めてのこと。

乗り込んでからは、日本丸の中を隅々まで見て回り、船の構造を把握。

同時に船の艪の漕ぎ手たちの様子を見ていた。

いざという時、船の艪の漕ぎ手の息が合わなければ速度も出ない。

漕ぎ手の把握は重要な要素だ。

村上水軍は小回りのきく関船や小早船を主力にしている。

関船は安宅船の半分以下の大きさであり、この関船が日本の水軍における主力であり、小早船はさらに小さく長さが10m程度、幅2〜3m程だ。

「武吉。どうだこの船は」

「上様。驚きました。これほどの巨船を用意されているとは思いませんでした。我ら村上水軍は多くの船を持っておりますが、これほどの巨船は持っておりません」

「儂が直々に船大工たちに命じて作らせた他には無い船だ」

「日本中の水軍を探しても、これ程の船は誰も持っていないでしょう。日本丸を見る全てのものたちを圧倒する素晴らしい船です」

「そうであろう・そうであろう」

将軍足利義藤は満足そうにしている。

「まさしく瀬戸内の海に浮かぶ難攻不落の城」

淡路水軍と村上水軍が手を組んだ以上、摂津から周防までの海で邪魔立てするものはいない。

晴れ渡った空の下、瀬戸内の海を城が進んでいく。

遠くに漁をしている漁師の小舟が見えるが、この巨船を見た瞬間、すぐさま逃げていく。

遠くの海を見ながら将軍足利義藤は村上武吉の横に立ち声をかけた。

「武吉。儂のところに来ないか。この日本丸をくれてやってもいいぞ」

突如、将軍足利義藤が村上武吉に誘いをかける。

驚いて将軍足利義藤を見る村上武吉。

「どうだ」

真っ直ぐに村上武吉の目を見る将軍足利義藤。

「上様。我ら村上水軍は海の民。海に生きて、海で死んでいく定め。特定の主を持たぬもの。もしも何かに仕えるとしたら、それは自らの海の民としての誇り。毛利に手を貸しているのは単なる気まぐれ」

「海の民の誇り・・毛利に対しては気まぐれ・・か、毛利元就が聞いたらがっかりしそうな言葉だな」

「あの御仁は、その程度なんとも思わん男でございます。面の皮が人の10倍厚い男ですから平気な顔して笑っている事でしょう」

「クククク・・・面の皮が10倍厚いか、なるほど、それぐらいで無いと謀神と呼ばれんだろうな」

「それはそうでしょう。神とつく奴らはそもそも図々しいものです」

「面白いやつだ。儂に対して海の民の誇りを貫き通すか」

「それが海の民でございます。それに日本丸は自分にはどうも大きすぎます。自分はせいぜい関船か小早船がお似合いです」

「瀬戸内の海を牛耳る村上の意地か」

「まあ、そんなもんですよ」

「やれやれだ。逃した魚はデカいな」

「そんなにデカくありませんよ。せいぜい小魚ほどです。それよりも姫路城が見えてきましたよ」

村上武吉が指し示す海の先に白い城が見えてきた。

幕府の西国の拠点姫路城である。

日本丸の乗組員が慌ただしく上陸準備に取り掛かり始めた。

「武吉。おかげで無事姫路に着けた。礼を言う」

「俺は何もしてませんよ。この日本丸がデカすぎてみんな恐れをなして逃げていくからですよ」

「暇ならたまには寄るがいい。美味い酒を用意しておくぞ」

「海の民はとても気まぐれですから、気が向いたら行きましょう」

将軍足利義藤は日本丸を降りて、姫路の湊に降り立った。

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