第86話 騙し合い
せっかく安芸国から毛利元就らが京まで来たのだから、京の都の名物を食べさせようと護衛を引き連れ、北にある今宮神社に来ていた。
一行は参拝を終えると将軍足利義藤の案内で今宮神社参道にある一軒の店に入る。
「上様。ここは一体」
「元就。ここは、あぶりもちを出してくれる店だ」
「あぶりもちでございますか」
「そうだ。ここのあぶりもちは、つきたての餅を団子にして、そこにきな粉をたっぷりとまぶす。きな粉をたっぷり塗した団子を串にさしてから、炭火の上でじっくりとあぶるのだ。そして白味噌に砂糖を加えたタレにあぶったもちをくぐらせて完成だ」
「ホォ〜、きな粉をたっぷりと使うのですか」
「店主、いつものように頼む」
その言葉を聞いた細川藤孝が厳しい表情をする。
「上様。いつもとは一体?やけに詳しいですな。詳しくお聞きしなくては行けません。ここに上様が来ているとは聞いておりません。護衛からもそのようなことは聞いておりませんけど」
将軍足利義藤は一瞬、渋い表情をするがすぐに何事もなかったかのような表情をする。
「ハハハハ・・・藤孝は疑り深いな。他の客がいつも頼むように同じようにしてくれという意味だぞ。あぶりもちのことは有名だから噂に聞いていたからだ」
「店主。上様はよく来られるのか」
店主は深々と頭を下げながらも将軍足利義藤の方をそっと見る。
将軍足利義藤は少し頷いた。
「上様は初めてのご来店でございます。手前共も非常に嬉しく思っております」
「そうであったか。ところで上様」
「どうした」
「このあぶりもちはいつ頃からあったのでしょうな」
「このあぶり餅はな、一条天皇様の御代の頃(平安時代)今宮神社が創建され、その今宮神社にお供えしたのが始まりだそうだ」
「噂話で由来まで出るはずは無いかと思いますけど」
「えっ・・た・たまたま・そんな話を聞いただけだ」
そんなやりとりをしている間にも、炭火で炙られたきな粉の香ばしい匂いがしてくる。
将軍足利義藤は、場の空気を変えようと少し大きな声で皆にあぶりもちを進め始めた。
「香ばしく、うまそうな匂いではないか。さぁ、食べろ食べろ」
「これは美味い」
毛利元就があぶりもちの美味さに思わず声を上げた。
「そうだろう。わしの好物の一つだ」
「上様。先ほど初めてここに来たと言いましたよ。初めて来たのに好物ですか」
「・・藤孝。男は細かい事を気にしてはいかんぞ」
「政は細かいことが大切なのです」
「好物は政ではない」
「上様の身の安全は、政の重要な課題。つまり上様の日常全てが政でございます」
「そこまでしなくとも」
「今日は客人もおりますからここまでにしておきましょう。後日、皆で2回目のお話し合いを召集いたしましょう」
「本気か」
「私は嘘を申しません」
将軍足利義藤は引きつった笑みを浮かべあぶりもちを食べていた。
ーーーーー
出雲国月山富田城
月山に築かれた山城であり、尾根に多数の曲輪を設け、攻め込めるところが三方向しか無いため、難攻不落の城と呼ばれる尼子晴久の居城である。
そんな月山富田城の本丸に設けられた一室で、尼子晴久は一通の書状に目を通していた。
書状を読む尼子晴久の表情は険しい。
三十後半の年齢でこれから武将として最盛期を迎えようとする頃である。
「毛利にしてやられた」
思わず呟く尼子晴久の前に重臣である宇山久兼がいた。
尼子晴久に近い年齢であり、尼子晴久を支える重要な武将。
「如何したのです」
「上様から石見国・・いや、石見銀山には手を出すなと言ってきた」
「馬鹿な、これから我らが手に入れるべき重要な銀山。そこに手を出すなとは」
「毛利の差し金であろう」
「毛利如きのために、なぜ将軍家が動くのです」
「石見銀山で取れる銀の六割が上様に献上されているとの報告が鉢屋衆から上がっている。一応将軍家と毛利の共同管理となっているそうだ。上様からすれば儂がそこに手を出すことは認められんだろう」
鉢屋衆とは尼子晴久が使う忍びたちである。
「ならば、それ以上の見返りを約束すれば」
「あれ以上の約束をすれば、戦をして銀山を手に入れる意味がなくなってしまうぞ」
「やはり、損得が合いませぬか」
「釣り合わんな」
「ならばいっそ、無視したら攻めたら如何です」
「それも難しいだろう」
「なぜです」
「上様は天下再統一を考えていると言われている」
「天下の再統一ですか」
「その結果が細川京兆家打倒であり、畿内の制圧であり、美濃国、信濃国、そして播磨国と美作国が事実上、上様の支配下にある」
「ですが、流石に京からは遠い。ここまで上様が手出しをしてこないのではありませぬか」
「以前、上様は信濃国まで自ら軍勢を率いて向かわれた。播磨国もそうだ。さらに播磨国には幕府が城を築いていたが、とうとう姫路に城が完成している」
「播磨国に幕府の城でございますか」
「幕府が西国を監視するための城だ。面倒なことこの上ない。迂闊に動けば、上様の指示で幕府が軍勢を送り込んでくる。うっかりすれば山名の二の舞となり、わずばかりの領地を残して全て取り上げられることになるぞ」
「ならば、しばらくは調略に力を入れ、相手の隙をうかがい切り崩していくしかございませんぞ」
「それしかあるまい。調略で謀反でも起きてくれたら、介入の大義名分は立つ。それでいくとするか」
尼子晴久は静かに動き出そうとしていた。
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