第85話 将軍と謀神

室町大の将軍の御所では、朝が早い。

朝早くから将軍足利義藤は剣術の稽古で汗を流していた。

塚原卜伝殿から教えられた剣術の型をひたすら繰り返す稽古を続けていた。

木刀を振るう音だけが聞こえ、薄らと汗が浮かんでくる。

「上様」

「藤孝。如何した」

「本日は、毛利元就殿が上洛して参ります。そろそろ稽古を切り上げられては如何でしょう」

「そうであったな。そろそろ切り上げるか」

将軍足利義藤は懐の手拭いで顔の汗を拭う。

「上様は剣術の稽古は熱心でございますな」

「稽古の間は無心になれる。何も考えずにひたすら剣を振るうことは大切だ」

「塚原卜伝殿が聞けば喜ばれるでしょう」

「師匠のようにひたすら剣の道を極める。そんな生き方もいいものだな」

将軍足利義藤はそんな呟きを漏らしながら御所の中へ入っていく。

少し遅い朝食を取った後、政務の書類に目を通していく。

しばらく政務に集中していると声がかかった。


「上様、毛利殿がお見えです」

細川藤孝から声がかかると将軍足利義藤は政務の書類から顔を上げた。

「もうそんな時刻か」

「時間を忘れかなり集中しておられましたな」

溜まり始めていた政務の処理をするため、かなり集中して政務の処理を進めているところであった。

「毛利殿は」

「広間の方にお通してあります。他の幕臣達も広間に集まっております」

「分かった。すぐに行く」

政務の書類を片付けて細川藤孝と共に毛利元就の待つ広間へと向かう。

将軍足利義藤が広間に入ると、既に広間の両側には多くの幕臣達が並び、中央には二人の人物がいた。

一人は見知った顔、小早川隆景。

何度か顔を合わせている。

奉納相撲にも参加した男だ。

その隣に座るもう一人の男。

年老いた様に見えているが生気に溢れている様に見える男がいた。

そんな様子を見ながら将軍足利義藤は広間に入る。

将軍足利義藤が広間に入ると幕臣達と毛利の二人は一斉に頭を下げた。

ゆっくりと進み上座中央の席に座る。

「面をあげよ」

広間に居並ぶもの達が顔を上げた。

「儂が将軍足利義藤である」

「周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前を治める毛利元就と申します。隣に控えますは我が三男で小早川隆景と申します」

「遠路、大儀である。それで此度はいかなることで上洛して参ったのだ」

「周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前において正式に守護として、お認めいただきたく参上いたしました」

「その件ならば既に聞いておる。日頃から石見銀山で幕府に貢献していることを考慮して、周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前の守護に任じることとする」

「ありがたき幸せに存じます。これからもより一層上様に忠節を尽くします」

「期待しているぞ」

「それと一つ心配がございます」

「なんだ。申してみよ」

「尼子でございます」

「尼子。出雲守護の尼子一族か、確か今は尼子晴久であったか」

「その通りでございます」

「その尼子晴久が如何した」

「石見銀山を狙っております」

「尼子晴久が石見銀山を狙っていると申すか」

「はい、石見銀山は上様にとっても重要な銀山にございます」

「クククク・・・なるほど、なるほど、流石は西国の謀神と異名を取るだけある。石見銀山から産出される銀をやけにあっさりと儂に多く寄越すかと思えば、狙いはこれか!尼子晴久が石見銀山を攻めれば儂への叛逆となるか、よく考えたものだ」

将軍足利義藤は、笑いながら毛利元就の狙いを知る。

石見銀山は、表向き毛利家と将軍家の共同管理の形を取っている。

実質的な銀山運営を毛利が行い、産出される銀を無条件で六割将軍家へ献上していた。

実質的な運営・経営を毛利がしているが表向きは将軍家との共同管理。

そこを攻めれば、将軍家への反逆。

謀反を退け畿内を盤石にした今の将軍家の軍事力であれば、尼子を叩き潰すことは容易である。

尼子晴久が毛利をうわまる破格の条件を出せば、状況は変わるかもしれないが、そうなると石見銀山を手に入れる意味が無い。

石見銀山を丸ごと将軍家に渡す覚悟がなければ攻めるだけ無駄。

攻めれば将軍家への謀反の烙印を押され、攻め込まれる大義名分を与え、中国地方のすべての大名から攻められることになる。

毛利元就は銀山の権利を元手に、将軍家という傭兵を手に入れているも同じであった。

「何のことでしょう。ただただ上様への崇敬の念で、産出される銀の六割を無条件でお渡しいております」

毛利元就も狙いがばれたにも関わらず、何もなかったかのように涼しい顔で話しをしている。

小早川隆景が将軍家との交渉において六割で手打ちにした時、交渉を担当した三男の小早川隆景に、毛利元就が最悪全てくれてやってよかったと言ったのは、銀山の権利で将軍家を盾にする狙いがあったからだ。

「やれやれ、化かし合いで一本取られたな。欲張ったのは儂のほうか。まあ、いいだろう。尼子晴久には儂から書状を出しておこう。石見国と石見銀山には手を出すなと。石見銀山は儂のものだ。手を出せば朝敵・幕府御敵であると!」

毛利元就は、将軍足利義藤の言葉に笑みを見せた。

「ありがたきお言葉。感謝に絶えません。我ら毛利一族は、ますます上様に忠節を尽くす所存にございます」

「期待しているぞ」

将軍と謀神の最初の会談はこうして終わった。

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