第84話 不屈

重臣達に一人で出歩いていることがバレ、室町大の御所に多く者達が集まり、護衛と護衛と言う名目の監視の役割を次々に決定していく。

護衛とは将軍足利義藤の護衛であり、監視とは同じく将軍足利義藤が、勝手に一人で出歩かないように監視して、こっそりと護衛無しで出歩くようならすぐに護衛部隊に知らせる役割。

当然、出入り口の管理は今まで以上に厳しくなる。

この決定過程において将軍足利義藤の意思は反映されていない。

実母である慶寿院。

叔父である近衛稙家。

この二人が、将軍足利義藤が一人もしくは数人で出歩いていたことに対して、かなり厳しく注文をつけたからであった。

特に実母である慶寿院に泣かれてしまっては、もはや抵抗することもできず言いつけ通り受け入れるしかなかったのである。

母慶寿院は御付きの者達に伴われ奥へと引き上げていった。

「義藤殿。あまり無茶な真似はなされるな。腕に自信がある事は分かる。塚原卜伝殿の弟子であり、塚原卜伝殿からその天賦の才を認められる剣術の腕前。並の者達では歯が立たない事は確かだ。しかし、不測の事態は常にある。幕臣達だけでは無く朝廷でも多くの者達が義藤殿に期待している。それを分かってくれ」

「叔父上。分かっております。これからはしっかりと必要な護衛は付けますので大丈夫でございます」

「本当だな」

「本当でございます」

「分かった。ならば慶寿院の様子を見てくる」

叔父近衛稙家は、立ち上がると奥の部屋へと向かう。


将軍の警護の強化と同時に室町大の大幅な強化が図られることも決定した。

その内容はまさしく城砦であり巨大な平城。

簡単に登ることができない高い城壁。

頑丈な城門。

大軍で攻め込めない構造。

長期の籠城戦ができる作りと備え。

「上様。今後の上様の護衛はこのように致しますので」

細川藤孝が皆で決めたことを報告してくる。

「分かった分かった。好きなようにしてくれ」

将軍足利義藤は、出歩いていることがバレて監視されてしまえば、忍びのように動けるはずもないため、勝手に出歩くことはすでに断念していた。

「全て上様のことを思ってのことでございます」

「分かっている。こっそり出かけなければいいのだろう。ならば、護衛を引き連れ堂々と街中を動けばいいということだ」

その言葉にこの場にいる者達は、皆渋い表情をする。

「上様、分かっておられますか」

「分かっている。だから堂々と必要な護衛を連れて歩くと言っている。問題無いだろう」

「上様。それは確かにそうですけど」

「そもそもこの先、ここで何と戦うつもりなんだ。この京の地は攻め易く守り難い土地だ。この地に、敵に入り込まれた時点ですでに負けだ。ここでの戦いに勝つには、この地に敵を近づけないことが重要だ。そのために、琵琶湖口と伏見に龍騎衆を置き、丹羽街道は丹羽衆なのだ」

「ですが、万が一に備えることは必要でございます」

「伊勢の件もあったから分かるが、ほどほどにしておかねばならん。やり過ぎれば銭が回らんことになるぞ。無限に銭が湧いて来るわけでは無い」

「それはそうですが」

「さっそくであるが、出かけるぞ」

「えっ・・どちらに」

「この先、大きく銭を生むことになる養蚕を見に行くぞ」

「養蚕でございますか」

「前に言ったはずだ、生糸の質を上げ明国から輸入せずに逆に南蛮人に売りつけると。藤孝から良質な生糸が出来始めていると報告をよこしたであろう」

「確かにご報告いたしましたが、それは別の日でもよろしいでしょう」

「さほど離れていないところで養蚕をしていると聞いている。のぞいてくるだけだ。用意いたせ」

「急ぎ護衛をご用意いたします」

幕臣達は慌てて養蚕現場の視察の用意に取り掛かった。


ーーーーー


京の街からさほど離れていない村に将軍足利義藤一行はやって来た。

一面に広がる桑畑が見える。

出迎えた村人達の中から緊張した様子が見える年老いた一人の男が出てきた。

「その方の名は」

「庄屋の善右衛門と申します」

「養蚕の様子を見せてもらえるか」

「承知いたしました」

周辺には緊張して様子を伺うように見ている村人達が見える。

庄屋は周辺の建物より少し大きな建物に案内していく。

引き戸を開け中に入り、階段を上がり2階へと進む。

建物の2階に上がると目の細かい障子戸のようなものが大量にあり、そのひとつひとつに白く楕円形のものが入っている。

よく見ると障子の枠に入らず枠に縁に白い楕円形ものがくっついている物もある。

「上様。この白い物が蚕の作りだすまゆでございます。これが生糸の元となる物でございます」

「これが繭であり生糸の元であるか」

「蚕が桑の葉を食べ、幼虫から成虫になるために糸を吐き出し、身の回りを糸で覆うのです。この糸を人が利用して生糸といたします」

「桑の葉を食べるのか」

「はい、村の周囲にある桑の木は、蚕の餌のためでございます」

「なるほど、ところで善右衛門」

「はい、なんでしょう」

「生糸の品質はどうだ」

「徐々に良くなって来ておりますが、まだまだ品質にバラツキがございます。蚕はなかなか繊細なもので、少しの変化が品質に大きな影響を与えるようでございます」

「なるほどな・・ここは少し蒸し暑くないか」

「これは失礼いたしました」

慌てて戸を開き風を入れる。

風が入ると幾分か不快感がおさまった。

暫し考え込む将軍足利義藤。

「先ほどまで人が蒸し暑く不快に感じたのだ。蚕も同じように感じていたかもしれん」

「蚕が暑さでですか」

「善右衛門。風通しをよくした場合の出来具合を試してみよ」

「承知いたしました」

暑い時に風通しをよくすることで生糸の品質向上となるであった。

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