第83話 国家安寧と御手洗団子
謀反の鎮圧を終え、世の安寧と領民の心に安心感を与えるため、上賀茂神社神職の祭祀による奉納相撲と続き、復興を行う慌ただしい日々の中、将軍足利義藤は下鴨神社に来ていた。
上賀茂神社(賀茂別雷神社)と下鴨神社(賀茂御祖神社)、この二つの神社を総称してえ賀茂神社と呼ばれる。
上賀茂神社神職の祭祀による奉納相撲を行い、下鴨神社に何も無いのは不味かろうとの配慮により、近習の者達と共に下賀茂神社に来ていたのであった。
当然、厳重な警戒の中での参拝である。
周辺では多くの兵たちが厳しい視線を周囲に向けていた。
将軍の命が幾度となく狙われ、さらに謀反を起こされたこともあり、皆ピリピリしている。
鳥居をくぐり、両側を深い森の木々が生い茂る参道をゆっくりと進んでいく。
進むときは、中央ではなく少し端に寄って歩く。
参道の中央は神の通り道であるため、人が歩く訳にはいかないからだ。
手水舎に立ち寄り、コンコンと湧き出る水で手と口をすすぎ、拝殿へと向かう。
すでに神職達が待っており、出迎えを受け拝殿へと案内されていく。
拝殿に入り最前列の指定された場所に座る。
しばらく待っていると下鴨神社宮司が入ってきた。
少し歳をとっておられるが、長き年月を神職として過ごしてきた威厳のようなものが感じられる。
下鴨神社の宮司による国家安寧、五穀豊穣のご祈祷が始まった。
宮司の長い祝詞の後に、雅楽の音色と巫女の舞が執り行われ厳粛な気持ちになっていく。
やがて長い時間をかけたご祈祷が終わると拝殿を後にした。
「上様、どちらに行かれるのです」
「藤孝。ついて参れ、今日ここに来たもう一つの目的だ」
「もう一つの目的?」
将軍足利義藤は、戸惑う細川藤孝を引き連れどんどん進む。
やがて境内にある一軒の茶屋に立ち寄る。
「上様。ここで何を」
「団子だ」
「団子?」
「噂に聞く下鴨神社の御手洗団子を食べてみたいと思ってな」
「は・はぁ」
「店主、団子と茶をくれ。ここの団子は、下鴨神社の御手洗祭の時に神前に供えられる団子をそのまま模したものだ。由来もなかなか面白いぞ」
「由来ですか」
「その昔、後醍醐天皇様がここの森にある池で水をすくって飲もうとされた時、最初に泡が一つ、少し時間をおいて四つの泡が浮き上がったことに由来している。そのため、串の先に団子が一つ。少し間を空け団子が四つ刺してある。なんでも五個の団子が人の体を表しており、最初の一つが頭で残り四つが四肢を示しているそうだ」
しばらく待つと黒蜜がかかった団子と茶が出てきた。
「藤孝。お主も食べてみろ」
将軍足利義藤は御手洗団子を一本手に取り団子を一つ口に入れる。
「ほぉ〜、こいつは美味い。団子のもちもち感と黒蜜の旨さが実にいい」
団子を食べながら幸せそうな表情をする将軍足利義藤。
細川藤孝は訝しげに団子を口に入れる。
「お、これは美味い」
「そうであろう」
「ところで上様」
「どうした」
「どうやってここのことを知ったのです」
「ん・・噂だ噂」
「ほぉ、それにしては随分とお詳しく、しかも団子の由来まで知っておられる。さらに茶屋での注文にかなり慣れておられますな」
「な・・なんのことだ」
「初めて来たようには見えませんな。まさか、勝手に出歩いているなどということはないでしょうな。幾度となく襲われ、謀反まで経験なされ、何度も何度も死にそうな目に遭いながら、まさか一人で出歩くようなことはしておられませんよね」
細川藤孝の顔は笑っているが目つきはとても厳しい。
「護衛はつけてい・・・」
「ほほ・・護衛がどうしたのですかな」
「・・・・・」
細川藤孝は、チラッと将軍足利義藤の顔を見た後、店の店主の方を向きにこやかに言葉を交わす。
「店主、上様がいつも世話になっている」
「いえいえ、上様にはいつもご贔屓にしていただき嬉しく思います」
「ほぉ、いつもか・・そうかそうかそれは良かった」
「よく、上様には召し上がっていただいており、感謝でいっぱいでございます」
将軍足利義藤は、何食わぬ顔で茶を啜り始める。
「上様。いつの間にか随分とご贔屓にされておられるようですな」
「視察だ。視察。治安の状況を視察せねば」
「いつ視察に出られているのか、全く聞いておりませんけど」
「そ・・そうであったか・ハハハハ・・言い忘れたこともあったかもしれん」
「一度も聞いておりません」
「そ・そうかな」
「聞いてません。戻りましたら、近習と幕府奉公衆を含め全員でお話し合いが必要ですな」
「話し合いだと」
「そうです。そうだ、話し合いには伊賀衆と甲賀衆も含めなくってはいけませんな」
「いやいや、そこまで大事にしなくても良かろう」
「上様の御身は代え難い大事な身。大袈裟すぎるくらいでちょうど良いのです。話し合いには龍騎衆の各隊長も呼びましょう」
「そんなに大袈裟にしなくとも・・・」
「朝廷からは山科言継卿もお呼びしましょう」
「藤孝。朝廷は、朝廷から呼ぶのはやめてくれ」
「上様の母上様のご実家近衛家御当主であり、叔父上様にあたる元関白太政大臣近衛稙家様もお呼びしましょう」
「すまぬ藤孝。勝手に出歩かぬ。朝廷から呼ぶのはやめてくれ〜!」
将軍足利義藤の悲痛な叫びが下鴨の森にこだました。
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