第82話 世の安寧

京の街では将軍足利義藤の指示で、幕府が銭を出して復興が進められている。

その一方で花の御所と呼ばれた将軍の御所である室町大は、荒らされ無惨な姿をしていた。

無惨に踏み荒らされた草花は全て撤去され、むき出しの土が顔を見せているだけの庭となっている。

華やかな美しさを讃えられた姿は見る影もなかった。

室町大の御所の中は、一応綺麗に片付けられ政務に支障が無いようにされていた。

「藤孝。街の復旧状況はどうなっている」

「急ぎ取り掛からせておりますがあと六ヶ月はかかるかと思います」

「そうか、仕方あるまい」

「上様」

「なんだ」

「もう少しの間、喪に服されたらいかがです。かなりお疲れのようです」

前将軍足利義晴は病が進行した状態であったことと、謀反による心身への負担により病が悪化して亡くなっていた。

足利義藤は父の葬儀を済ませ、数日で政務に復帰していた。

覚悟していたとはいえ、実の父の死はやはりかなり堪え、顔色が悪い。

「儂は将軍だ。大御所様の死を理由にしていつまでも休んでいる訳にはいかぬ。我が父が死んで世の中の動きが全て止まるわけでは無い。今この時であっても、策謀好きの者達は策謀を巡らせ。盗賊は盗みを止めることも無く盗みを働く。そして人というのはどんな時であっても、じっとしているだけであっても、息をして飯を食うものだ。止まるものは何一つ無い」

「それはそうでが、上様の体への負担は大きいものがございます。できるだけお休みください」

「分かった分かった。できるかぎり休むようにする。ところで治安の維持に関してはどうなっている」

「京の街中の警戒を千から三千に増員して交代で警戒を行う体制を組み、伏見・琵琶湖口の警戒は変わらぬままとします。さらに伊賀衆・甲賀衆を増員。龍騎衆は増員を再開して増やしていくことといたします」

「分かった」

「復興も含めかなりの銭が必要ですので、生野銀山の産出を増やそうと考えていたところ、毛利より大量の銀が送られてきました」

「毛利からだと」

「上様に自由にお使いいただきたいとのこと」

「ほぉ〜、西国の謀神は謀が得意なだけでは無く、人たらしでもあるか。茶器を送ってやるか」

「それが宜しいかと、きっと喜びましょう」

「市井の者達の様子はどうだ」

「あまり宜しいとはいえませぬな。戦乱が収まり安心しかけたところで、此度の謀反と火事でございます。市井の者達はやはり不安は拭えぬかと」

「皆が喜ぶようなことが必要か」

「喜ぶようなことですか・・奉納相撲は如何でしょう」

「奉納相撲」

「平安を祈願するためとでも銘打って、市井の者達の参加者を集いましょう」

「ふむ、面白いかもしれんな。ならば、十人抜きで銀一両の賞金でもだそう」

「それは宜しいかと、皆も喜びましょう」

「奉納と銘打って行うならどこか寺社を呼ばねばならんぞ」

「ならば、最も歴史ある上賀茂神社は如何でしょう」

「よかろう、儂が直接書状を書こう届けてくれ」

「承知いたしました」


ーーーーー


洛中に特別に作られた土俵上では、上賀茂神社の神職が、五穀豊穣と世の安寧を祈願して祝詞を上げている。

その様子を見つめている千人近い相撲の参加者。

体格も良く力自慢の者達ばかりとあって、戦う前から熱気が伝わってくる。

神職の祝詞が終わると将軍足利義藤は宣言を述べた。

「将軍足利義藤である。皆よく集ってくれた。京の復興・五穀豊穣・世の安寧を祈念して奉納相撲をとり行う。十人勝ち抜きで銀一両の賞金を出す。白熱した相撲を期待するぞ」

見物席には近隣の大名家当主・寺社の代表・公家衆なども来ている。

これだけ大掛かりな相撲など行われたことがないため物珍しさから集まってきていた。

相撲の参加者には市井の者だけで無く、近隣大名家の配下の者達もいるようだ。

相撲が始まると想像以上の熱戦となっている。

中々十人抜きをする者が現れない中、やがて土俵の上に思わぬ人物が登場してきた。

毛利家の小早川隆景である。

「藤孝。なぜ、小早川がいるのだ」

小早川隆景の登場に驚いた将軍足利義藤は思わず細川藤孝に聞く。

「毛利から銀が送られてきた時にその警護責任者として京に来まして、そこで奉納相撲を聞き警護の者達と共に参加を決めたそうです」

「奴は暇なのか、大名家である小早川家の当主であろう」

「帰りは急ぐことは何も無いと申していました」

「呆れた奴だ」

小早川隆景は意外と粘り強い相撲を取り、気がつけば初の十人抜き達成者となった。

場内からは一際大きな歓声が上がっている。

将軍足利義藤はゆっくりと土俵に上がった。

小早川隆景に賞金銀一両を手渡し、さらに大きめの桝を取らせる。

そこに将軍自ら酒を注いだ。

「将軍から酌をされるなんぞ二度と無いことだぞ。存分に味わえ」

小早川隆景は笑みを浮かべる。

「ありがたき幸せ、存分にいただきましょう」

並々とつがれた酒をゆっくりと飲み干していく。

「プハ〜、旨き酒でございます。まさに百万石に匹敵する味でございます」

「ハハハ・・いい飲みっぷりだ。国に帰ったら元就に暇があれば京見物にでも来いと言っておけ」

「承知いたしました。その時には安芸のうまい酒をお持ちしましょう」

「期待しておこう」

この後も相撲の取り組みは遅くまで続き、大いに盛り上がり市井の者達には大いに喜ばれることとなった。

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