第80話 危険な賭け

将軍足利義藤率いる軍勢は伏見街道を京へ向かって進軍していた。

伏見からの軍勢だけで伊勢貞孝の軍勢の倍以上規模になる。

さらに、中山道から三淵晴員率いる龍騎衆と六角勢。

若狭街道からは、将軍の指示で若狭武田の軍勢。

丹波街道からは、将軍の指示で細川藤孝の養父である細川元常が丹羽国衆を率いて京を目指していた。

全軍を含めれば6万を超え、伊勢貞孝の軍勢の6倍以上にもなる。

「上様」

「藤孝。どうした」

「この先に、伊勢貞孝の軍勢が関所を築いております。如何いたします」

「そんなものは蹴散らせ」

「はっ、承知しました」

伏見街道の途中、京への入り口付近に伊勢貞孝は関所を作っていた。

このような関所を他の街道にも作り、京の街中から逃げ出す人を押さえこみ、高位の公家や有力商人を逃さないためである。

急遽簡易的に作られた柵と木戸が申し訳程度に作られている簡単な関所。

将軍足利義藤の指示ですぐさま関所への攻撃が始まる。

あっという間に柵が倒されると関所の兵達は、戦わずに慌てて我先に逃げていく。

行手を塞ぐ伊勢の軍勢は、将軍の軍勢の一当てでたちまち崩れてしまった。

「藤孝。話にならん。奴はこの程度の兵で謀反を起こすことを決めたのか。全くもって理解できん」

行手を塞ぐ軍勢がすぐに逃げ出していく様子に呆れ顔で呟く将軍足利義藤。

「奇襲攻撃に全てをかけていたからでしょう。不意を突かれた謀反当日の攻撃で、危うく我らがやられるところでした」

「それはそうだが、これだけのことをやるのだ。普通は次善の策など複数の策を用意して臨むものではないのか」

「多くの者達は、上様のように幾つもの策を考える訳ではありません。一つの事が上手くいかなくて初めて次の事を考える。そんな者達が多いのです」

「謀反を起こしておいて、上手くいかないから和睦を望むとは、実に浅はか過ぎる」

「元々万が一のために大御所様を人質にしておこうとしたら、大御所様に逃げられたため、御所を押さえようと考えたのでしょう」

「奇襲攻撃に命運を託す。その策が失敗した時点で全てが終わっている。さっさと遠国に逃げるべきであった。ぐずぐずと京に留まっている時点で討ち取ってくれと言っているに等しいだろう。それに、こんなところに関所を築いて兵力を分散している時点でダメだろう。他の街道でもきっと同じように関所を築いていて兵力を分散しているだろうから、負けるための策を打っている様にしか見えん」

「負けるための策ですか」

「儂が伊勢貞孝なら関所なんぞ作らずに、すぐに全兵力を率いて敵がまとまる前に個別撃破していく。京に一番近い琵琶湖入り口にいる三淵率いる龍騎衆は4千しかいない。朽木や六角が加わる前に全兵力で叩けば勝てただろう。そうなれば、士気も大いに上がり、周辺の大名や国衆の動きは変わっていたはずだ。それをせずにぐずぐずと時を浪費した時点ですでに勝ち目は無い」

軍勢は隊列を整え、再び京に向かって進軍を開始した。


ーーーーー


伊勢貞孝の本陣の軍勢は、三淵率いる龍騎衆と近江六角の軍勢と睨み合っていた。

将軍足利義藤の軍勢の中で先に京に進軍してきたのは、三淵率いる龍奇衆と近江六角。

睨み合いが続いている。

伊勢貞孝は幾つもの関所を築いたため、そちらにも手を回さなければならないため、本陣の兵力が目減りしていた。

少ない兵力のまま野戦で戦うのは無理があると考え、伏兵を用意して何度か誘ってみたが誘いには乗って来ず、罠はことごとく不発に終わっている。

各地に放っている物見からは次々に報告が入ってきた。

「報告いたします。将軍足利義藤率いる軍勢は、伏見の関所を破りこちらに向かって進軍中」

「丹羽国衆をまとめた細川元常が1万5千の軍勢を率いて、味方の軍勢を打ち破りこちらに向かっております」

「若狭街道を若狭守護武田家の軍勢が南下中」

本陣の中では伊勢貞孝が忌々しそうな顔をしながら歩き回っている。

「クソッ・・なぜ、思い道理にいかんのだ。将軍は、儂と和睦するつもりはないということだな。こうなれば、御所を完全に制圧して朝廷を支配下に置くしかあるまい。これは、仕方ないことだ。仕方ない・・・」

伊勢貞孝が一人呟き、歩き回りながら考え込んでいる。

「ご報告いたします。御所の周辺で警戒していた我が軍三百が襲撃を受け敗退」

「なんだと・京の街中にはまだ将軍家の軍勢は入っていないはずだ。将軍の軍勢なのか」

「どうやら伊賀の忍びの様です。その数三百」

「伊賀の忍びだと・・・しまった。将軍家は伊賀甲賀の忍びを使っている。我らの警戒を潜り抜けて御所に向かったのか」

「御所周辺は伊賀忍び達により制圧され、我らの物見でさえ近づくことができません」

「ウググ・・やられた。御所を支配下に置くことこそが我らが生き残る唯一の道。山科め、時間稼ぎをしているに違いあるまい。こうなれば、御所を制圧して朝廷を支配下に置くしかあるまい。それだけが我らの生き残る道だ」

伊勢貞孝は家臣達の前に向き直す。

「これより、朝廷を制圧して支配下に置く、それこそが我らの生き残る道である。直ちに取り掛かれ」

伊勢貞孝は生き残りをかけて朝廷の制圧に向かうのであった。

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