第79話 反撃の始まり

将軍足利義藤は、伏見の仮宿としている屋敷で傷を癒しながら、反撃の準備を進めていた。

次々と指示を出し、使者が順次出ていく。

傷を癒しながらも慌ただしい中、将軍足利義藤は伊賀の服部保長から大御所の身柄を確保したことの報告を受けていた。

「そうか、風魔の忍びは大御所様をこちらに渡して引き上げたか」

「はい、上様襲撃の件は知らぬと申しておりました。京の街を見物にきただけであり、伊勢殿の企みに巻き込まれただけとも申しておりました」

「まあ、よかろう。結果的に儂も大御所様も生きている。逃げた風魔に関わっている場合では無い」

「よろしいので」

「相模国北条家に問い詰めても知らぬと言われて終わりだ。伊勢貞孝が風魔を使ったと申してもそれが本当に北条が使う風魔なのか証拠は何も無いだろう。北条家を貶めるための偽物だと言われて終わりだ。そんな相手にいちいち関わっている場合ではない」

「承知いたしました」

「伊勢貞孝の動きはどうだ」

「手勢をかき集めようとしているようですが、周辺の国衆や大名は協力しないようで、食い詰めた者達ばかりが集まっています」

「要するに烏合の衆ということか」

「さらに御所を制圧しようとしました」

「何、御所を制圧だと」

「そこは山科卿が動かれ、止められたようです」

そこに細川藤孝から声がかかった。

「上様」

「どうした」

「公卿山科言継様がおいでです」

「山科様だと・・ここまでわざわざ来たということは、どうやら伊勢貞孝が泣きついたか。よかろう通せ。それと藤孝も同席せよ」

「承知いたしました」

「保長はしばらく下がっていろ」

「承知しました」

同時に服部保長は部屋から出ていった。

しばらくすると山科言継と細川藤孝が入ってくる。

朝廷の財務を司る山科言継は、自らの才能を活かして常に忙しく動き回っており、時には地方の大名に教えに出向くこともあった。

当然、莫大な謝礼が朝廷と山科言継に入ることになり、この莫大な謝礼が朝廷の財政に大きく貢献していた。

そんな、朝廷でも重要な役割を持つ人物がわざわざ将軍足利義藤の下を訪れた。

「普通に話させてもらって良いかな」

「山科様。どうぞ、ご自由に」

「それは、助かる」

「こんな時に伏見にまでわざわざ来られるとは、何事です」

「伊勢貞孝が泣きついてきた」

「今更和睦ですか」

「そうだ」

「少々・・かなり虫が良すぎませんか」

「謀反を起こす人間はそんなものだろう。皆、自分こそが世の中の中心だと思っている」

「確かにそれはそうですが、面の皮が厚いですな」

「大御所は救い出したのであろう」

「はい、大御所様は既にこちらに」

「伊勢貞孝が大騒ぎしていた。大御所の警護を任せた者達に裏切られたとか言っていたぞ」

「自ら将軍家を裏切っておきながら、自らが裏切られることが無いなどと考えていたのですか。能天気なものですな」

「それで焦ったのだろう、御所と京の街を人質に和睦の仲介を強引に頼まれた」

「御所に兵を送り込まれたのですか」

「いや、最初は御所を取り囲みながら要求を突きつけていたが、開門せぬことと伊勢貞孝の要望に応じないことから、御所に攻め込もうとしていた。そこに儂が待ったをかけた」

「なるほど、御所の安寧を条件に和睦の仲介を依頼されたのですね」

「囲みは解かせ、兵を引かせたが、何かあればすぐにでも兵を寄越して御所を制圧するだろう」

「なるほど、ですが和睦はあり得ません」

「義藤殿。一度和睦をして、後に追放すれば良いではないか」

将軍足利義藤の和睦は無いとの言葉に山科言継は慌てる。

「謀反の主導者に対して、ここで甘い対応を取ると同じことが起きます。ここは確実に討たねばなりません。そうすることで禍根を断ち安寧の世の中になるのです。伊勢貞孝は討ち取ります」

「だが、御所が危うくなる」

「御所の警護は我らにお任せください」

「任せると言っても周辺に奴らの目があるぞ」

「一番いいのは逃げていただくことなのですが」

「それはできない。いくらそのように申し上げても動かれない」

「まあ、そうなるでしょうな。ならば必然的に人を送り込むということになります」

「どうするのだ」

「要するに、伊勢の本陣が危うくなれば朝廷に関わっている場合では無くなる。それまでの間、御所を守ればいいということです」

「だからどうするのだ」

「夜陰に紛れて、手勢を一気に御所周辺に送り込み御所を守ります。同時に伊勢貞孝のいる本陣を強襲いたします」

「できるのか」

「できます。既に準備は終えております。あとは指示を下すだけ」

その言葉に驚きの表情をする。

「既に準備を終えているのか」

「山科様が来られましたから、お話だけ聞こうかと思い指示を出すことを止めております。我らに全てお任せくだされ。山科様が京に戻られる頃には全て終わっております」

「本当なのだな」

「御所には指一本触れさせません」

「ならば、儂はどうしたらいい」

「ここで、大御所様と共にのんびりとしていてください。あとは全てこちらでやりましょう」

将軍足利義藤は不敵な笑みを浮かべるのみであった。

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