第73話 暗躍する者達

人々が眠りについている深夜。

将軍直属の龍騎衆が10人でひと組となって、複数の組が京の街中である洛中を深夜の見回りに動いていた。

盗賊などが公家や武家の屋敷を荒らしたり、商人や民家を荒らさないようにするためである。

戦がおさまり新田開発や食糧増産、産業育成などもあり周辺の国々から人々が京の街と商都大阪に集まり始めているため、治安を維持するために将軍の指示で見回りが始まっていた。

いくつもの提灯を掲げ、槍を持ち、腰の刀はいつでも抜けるようにして、周囲を警戒しながら歩いている。

盗賊であれば容赦はするなとの指示があるため、見回りの龍騎衆は常に戦闘体制を維持していつでも戦えるようにしていた。

「最近、盗賊が頻繁に出没するらしいぞ」

「俺も聞いたぞ。数日前に他の班が盗賊に出くわしたそうだが、全て切り捨てたそうだ」

「まったく、次から次と盗賊が湧いて来てキリがないな」

「盗賊の中には、火付けをする奴らもいるらしいぞ」

「他の班の奴らが言ってたな。一度火がつけられると手がつけられん」

「川がすく近くなら水で消せるが、川の無い場所なら周りの家を壊すしか手立てがないからな」

「火付けだけはやめてほしいぜ」

「風が強い日なら最悪だぞ」

「下手したら街が丸やけになっちまうな」

見回りの龍奇衆たちはそんな話をしながら周囲を警戒して進んでいく。

京の街中の裏通りに、素性を隠すように黒い布を顔に巻いた男たちがいた。

男達は物陰に隠れ、見回りの龍騎衆が通り過ぎるまで待っている。

「いつも時間通り、決まった道を通っている。実に分かりやすい奴らだ」

見回りの兵の動向を見ていた一人がそう呟くと、裏通りの物陰に隠れている男達に近づいて行く。

「巡回の兵たちは、すでに通り過ぎました。周辺に警戒の兵はおりません」

すると男達は無言で立ち上がると移動を開始。

しばらく進むと立ち止まった。

一際背が高くガッチリとした体型で目立つ男が他の男達に指示を出す。

「この辺りがいいだろう。大御所の屋敷から遠すぎず近すぎずの距離だ。準備しろ」

男達は干し草を積み上げ、菜種油を振り撒く。

「気を付けろ。火が強すぎず弱すぎずで、壁を燃やすか、屋敷半分程度までで済むようにしろ。油を撒きすぎるな」

男達は指示に頷きながら手早く準備していく。

「小太郎様、準備ができました」

「よし、火を放て」

男達は火を放つと、油が染みた枯れ草は一気に燃え上がり、その炎は瞬く間に燃え広がっていく。

火を放った男達は、素早く京の闇に消えていった。


ーーーーー


最近、京の街中では火事がいくつも発生していた。

小火を含めればかなりの件数になる。

そのうちかなりの数が付け火と噂されており、盗賊が火を放ったものと言われていた。

幕府側も取り締まろうと躍起になっているが、なかなか成果があげられずにいた。

「上様」

「どうした藤孝」

「最近、火事が増えて来ております」

「そのことは儂も聞いておる。龍騎衆を深夜に巡回させて、盗賊どもを見つけ次第斬り捨てさせているが、次から次へと湧いてくる。キリがない。本当に忌々しいことだ」

将軍足利義藤は、忌々しそうに眉間に皺を寄せる。

「つい最近も、大御所様(前将軍足利義晴)の屋敷周辺でもいくつか火事が起きております。その中には少なからず盗賊による付け火もあるようです」

前将軍足利義晴は、隠居して将軍職を嫡男義藤に譲った後、大御所と名乗り別に隠居用の屋敷を構えて移り住んでいた。

「大御所様は病で動くことも辛いはず。いざという時に困ることになる。屋敷と周辺の警戒を厳重にせねばならんな。大御所様の屋敷の警護を厚くするか、さてどうするか」

将軍直属の龍騎衆は、播磨国姫路城、摂津国大阪城にそれぞれ治安維持のため出向いており、京とその周辺に残り8千が常駐して警戒をしていた。

京の街中は、8千のうち千名が治安維持に動いていて、残りは外部からの攻撃に備えている。

「将来的に龍騎衆を増やす必要があるな。しばらくは洛外の警戒の人員を減らし、洛中の警戒を増やすことにするか」

「上様。伊勢殿から大御所様の屋敷の警護について、伊勢家で行いたいと名乗り出ております」

「伊勢だと・・伊勢貞孝からか」

「はい、伊勢貞孝殿から大御所様の屋敷周辺で盗賊による付け火が多いようだから、心配だから伊勢家で警護したいと申しております」

「珍しいな。政所の実権を取り上げられ、屋敷で腐っていると聞いていたんだが」

「名誉挽回をしたいのではありませんか」

「伊勢が名誉挽回か」

「実際、何を考えているかは分かりませぬが、一応やる気はあるようでございます」

将軍足利義藤は腕を組んでしばらく考え込む。

「今のところ、不穏な動きは聞いていないが、少し不安もある。伊勢貞孝からしたら幕府政所の権限を大幅に削り、事実上政所を無くしたも同じ状態にしたから面白くないはずだ。そんな伊勢貞孝が自ら大御所様の警護を買って出るとは信じられんが、だが人手は欲しいところだ」

「ならば、播磨国と摂津国の兵を少し戻しましょうか」

「人手は欲しいことは確かではあるが・・。播磨国・摂津国にそれぞれ6千常駐しているところ、5千に変更して、それぞれ千名、合計2千名を洛中警備に追加で当てる。2千名が戻ってくるまで伊勢家の兵百名と龍騎衆の洛外警備から2百を加えて大御所様の警備に当てる。龍騎衆が伊勢家の倍いれば、何かあっても対応できるだろう。念のため、大御所様の部屋周りは龍騎衆の腕利きを集めよ」

「承知いたしました。直ちに手配いたします」


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