第70話 厳島の戦い(3)
厳島で陶隆房と毛利元就の戦いに関する情報が、京の将軍家御所に次々にもたらされていた。
「上様。毛利に大内領を任せるのは無理ではありませぬか。安芸国の一領主にすぎませんぞ」
細川藤孝は心配そうな顔する。
「心配いらぬ。毛利は勝つ」
将軍足利義藤は自信たっぷりに断言する。
「ですが、現在届いている報告では陶隆房の軍勢は2万。毛利元就は村上水軍を含めても5千に過ぎません」
「戦において数が非常に重要ではある。しかし、それが全てでは無いぞ。戦の状況しだいで、小が大を喰らうことも起きる。2万の軍勢の中でどれだけ陶隆房に従うのか。毛利元就がどのように陶隆房の虚を突くことが出来るのかにかかっている」
「陶が勝ったらどうなさいますか」
「どうもせん。陶からしたら自らの正当性を示すには、儂の支持と承認が必要になる。どっちが勝っても問題ない。毛利が勝った方が我らの得が大きい。ただそれだけだ」
「陶殿は大友家の血縁者を大内の後継に据えようとしておりました。筑前・豊前の領有で大友と揉めるかと」
「毛利元就と豊後国の
将軍足利義藤の言葉に細川藤孝は少し呆れたような表情をした。
「毛利元就が勝ち、豊後国の大友義鎮と揉めることも計算の内でございますか。上様はどこまで計算の上で手を打っておいでなのですか」
「ハハハハ・・全ては可能性の問題に過ぎんよ」
ーーーーー
吉川元春らが消火に努めている頃、陶隆房は厳島島内を西へ逃げていた。
厳島に上陸した最初の地点である大浦元を目指していた。
上陸地点であるから船が多数残っていると考えたからである。
しかし、陶隆房らの前には、燃やされて灰になっている船の残骸ばかりであった。
「村上水軍の奴らに先を越されたのか」
悔しそうに呟く陶隆房。
日の出の勢いで大内家を乗っ取り、九州の大大名である大友家の血を引く者を大内家の継承者として擁立。
これから権力を握り中国地方に君臨する目論見が、毛利の手により崩れ去ろうとしていた。
そんな陶隆房の顔は疲れ果て、まだ20代後半にも関わらず老人と間違えるほどである。
「申し訳ございません。拙者が厳島攻めを進言したばかりに、このようなことになってしまいました」
大内水軍の中核を担い、陶の家臣でもある三浦房清は陶隆房の前で土下座をしていた。
厳島攻めを強く進言したため、この状況を誰よりも責任を感じていたのだ。
「房清の責任では無い。大将たる儂が判断し決断をしたのだ。そして、全軍に命を下した。皆を死なせたのは儂の責任であり、儂の不徳である。儂の今やることは一人でも多く逃すことだ。儂の首で皆を救いたい」
「お待ちください。大将たるもの最後まで再起をかけて戦うべきです。周防・長門に戻れば再起はできます」
その時、後方で見張りをしていた家臣の声がする。
「敵襲、小早川と思われる敵が接近してきます」
「隆房様、ここは我ら三浦一党にお任せください。逃げる時間くらい稼いで見せましょう」
「ここは、儂も戦う」
「ここで散っていった者達のために、再起を目指してお逃げください。伊香賀殿後を頼む」
「殿。三浦殿の心意気を無駄にしてはなりません。我ら最後までお供いたします。さらに西にある大江浦まで行きましょう。そこならば、船があるかも知れません」
「三浦・・すまん」
「我らにお任せを・・」
覚悟決めた三浦一党は皆笑顔で小早川勢を迎え撃つ体制をとる。
陶隆房たちは、さらに西の大江浦を目指し逃げていく。
大江浦に着いた陶隆房らは、そこでも村上水軍により燃やされた船の残骸を見ていた。
使える船はひとつも無かった。
「殿。さらに先へ参りましょう」
「伊香賀、もう良い。ここまで村上水軍の連中にやられているのだ。厳島には我らの使える船はひとつも残っていないだろう。ここまでだ。儂の介錯をしてくれ」
「お待ちください。まだこの先へ行けば」
「お前も分かっているであろう。もはや時間の問題であることぐらいは」
「で・ですが・・」
「むざむざ毛利に討たれる訳にはいかん。儂の首級は山中に埋めよ。よいな」
「我らの力が足りぬばかりに・・・・申し訳ございません」
「儂の武運はここまでであったと言うことだ。儂の首級を埋めたら皆逃げよ」
陶隆房は切腹し、介錯を伊香賀が行い、首級は山中へと埋められた。
しかし、陶隆房の行方を追う毛利は、陶隆房の草履とりの少年を捕まえ、身の安全を約束して首級のありかを聞き出し、陶隆房の首級を見つけ出した。
この後、毛利元就は厳島は聖域であり、そんなな場所で戦をしたのだから恐れ多いとして、厳島島内の遺体は全て島外へと運び出され、血が染み込んだ土は全て削り取り、血で汚れた社殿は潮水で隅々まで洗い清められ、死者を弔うために7日間に渡り神楽を奉納、万部経会を行い死者の冥福を祈った。
陶軍損害は、死者4780、 捕虜3000にもなった。
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