第69話 厳島の戦い(2)
三つに分かれた毛利軍。
第一軍の主力である毛利元就・毛利隆元・吉川元春らの軍勢は、山中を抜けて陶軍本陣を背後から突く。
第二軍の小早川は、宮尾城に籠城している城兵と共に陶軍本陣へ正面から突撃。
第三軍の村上水軍は、厳島の狭い島内にひしめくように停泊している陶軍の水軍を全て焼き払う。
それぞれが役割を果たすべく、日の出を待っていた。
やがて太陽が顔を覗かせた瞬間、一斉に動き出すために。
陶隆房の本陣は宮尾城を見渡せる小高い‘’塔の岡‘’に置かれている。
小早川隆景は自らの手勢を率いて筑前からの援軍のふりをしながら、敵である陶軍の中をゆっくりと抜けていく。
陶軍のほとんどの者達は、酒に酔ったせいか皆眠っていた。
敵陣のど真ん中を進んで行く。
偽の援軍とバレたら、まさに逃げ場の無い敵陣のど真ん中で四方八方から袋叩きになる。
いつバレるかと緊張しながら歩くためか、かなりの量の汗をかいている。
手のひらからはじっとりと湿った感覚が伝わってくる。
そして、喉がカラカラに乾いているような感覚。
「殿。油断は禁物ですぞ。これからが本番」
重臣の乃美が小早川隆景に声をかける。
「ちょうど良いぐらいの緊張感だよ。だが、こんなことは二度とやりたくは無いな」
「それだけ強がる事ができれば問題ありますまい。勝っても負けてもこんな敵陣の真ん中を歩くなんて経験は二度と無いでしょうな」
小早川隆景とその手勢は、陶軍本陣がよく見えるわずかな距離にまで接近する。
陶家の旗印、菱形の唐花菱の旗がたなびいているのが見えた。
やがて朝日がわずかに見えたその瞬間、毛利の運命をかけた戦いが始まった。
陶軍2万・毛利軍5千。
毛利にとっては命運をかけた戦い。
小早川隆景は全速力で陶隆房のいる塔の岡へと駆け上がっていく。
隆景の率いる小早川勢も主に遅れまいと後を全力で追う。
陶軍の寝ぼけている連中は何が起きたのか分からずに右往左往している。
やがて、陶本陣背後にいた毛利主力の第一軍が陶本陣に襲いかかった。
同時に宮尾城に立てこもっていた毛利の城兵たちも打って出た。
静寂に包まれていた朝の空間に戦いの雄叫びが響き渡る。
「親父殿が動いたか・・邪魔だ」
小早川隆景は陶本陣から逃げ出してくる雑兵を斬り捨てる。
「この先に陶隆房がいる。絶対に逃すな。いくぞ!」
小早川勢が陶本陣に飛び込むと、すでに毛利元就ら毛利第一軍らによって乱戦状態となっている。
「陶隆房を探せ、奴を討ち取れ」
小早川隆景の檄に応えるかのように陶本陣奥へと突き進む。
すでに逃げ出したのか陶隆房の姿は見当たらなかった。
ーーーーー
陶軍は本陣が強襲され壊滅状態となり、陶隆房の生死も不明となり大混乱状態となっていた。
厳島から逃げ出そうとする者たちが後と立たないが、すでに陶軍の水軍は村上水軍による攻撃を受けほぼ壊滅状態。
ほとんどの船が焼き尽くされていた。
浜辺に僅かに残った船を巡り味方同士で奪い合いとなり、残った船のほとんどが味方同士の争いで沈没し、多くの者達が溺れ死ぬこととなった。
浜にあるのは焼かれて流れ着いた残骸ばかり、もはや使える船は見当たらない。
陶軍の総大将である陶隆房は厳島の島内を西へと逃げながら使える船を探していた。
そんな陶隆房を毛利勢が必死に行方を追っている。
毛利元就の次男、吉川元春率いる吉川勢が遠くに逃げていく陶隆房らしき軍勢を見つけた。
「殿。あの一団は陶隆房ではありませぬか」
吉川元春はこの時まだ10代後半の若き武将であり、この一戦に賭ける思いはかなりのものである。
「間違いない。陶隆房の軍勢だ。弟の隆景が上様から許可状をもぎ取ってきたんだ。ならば、兄としてそれに見合うだけの活躍をしなければならんぞ」
「承知しております」
「ならば、皆儂に続け」
追撃にかかった吉川勢の前に陶軍弘中隊500が立ち塞がる。
弘中隊に襲い掛かろうとした吉川勢に、伏兵として隠れていた300の兵が横から襲いかかった。
伏兵による横からの突撃により劣勢に立たされる吉川。
「伏兵だと!怯むな、斬り捨てろ」
だが、乱戦の上、徐々に押され始める。
「殿。これ以上は」
「ここで引けば、陶隆房を逃すことになる。引くな!」
吉川隊の全員が数の不利を上回る気迫を見せ必死の奮戦を見せる。
苦しい状況に追い込まれつつある吉川元春。
後方から新たな軍勢が迫ってきた。
「クッ・新手か」
「いえ、あれはお味方にございます」
「おお、あれは熊谷殿と天野殿」
見覚えるのある旗印が見えてきた。
「吉川殿。お待たせした。我らにお任せあれ」
「有象無象の輩は任されよ」
諦めかけていたところに援軍が到着し、吉川隊の勢いが戻ってきた。
援軍を得た吉川元春は陶軍弘中隊を圧倒し始める。
突如、きな臭い匂いが流れてくる。
「殿。敵が周辺の建物に火を放ち逃亡を始めております。この機を逃すわけにはいきませんぞ」
「そうだ。吉川殿。今ここでやつを討たねば逃げられるぞ」
「熊谷殿の申される通り、下手をすれば島外に逃げられますぞ」
周辺の建物から炎が上がり、風に煽られ次々に燃え広がり始めていた。
「待て。火を消すことが先だ」
「「「ですが」」」
「たとえ陶隆房が海に出ても、周辺の海の上は村上水軍がいる。村上水軍の目を逃れることは不可能だ。それよりも、このままでは厳島の社にまで火が燃え広がるかもしれん」
燃え上がる炎が風に煽られ、炎の勢いが強くなってきている。
「神聖なる島の中で殺生をした上、大切な厳島の社まで燃やしたとあっては我らの末代までの恥である。これより全員で火を消せ」
吉川元春の命を受け、一旦陶隆房追撃をやめ、吉川隊と援軍は全軍で消火にあたることになった。
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