第67話 謀神の使い
将軍足利義藤は信濃国から京へと戻ってきていた。
留守中の報告を受け自らが決裁すべき案件があれば決裁行っていく。
忙しく書状を処理を続けていると細川藤孝がやって来た。
「上様」
「どうした」
「石山本願寺証如殿が,安芸国国衆毛利元就の家臣である小早川隆景と申すものを連れてお見えになり,御目通りを願っております。如何いたしましょう」
「証如殿が毛利元就の家臣・小早川隆景を連れてだと」
将軍足利義藤は,石山本願寺の証如からの話を思い出していた。
「以前,証如殿が言っていた謀略家の親子の倅の方か・・いいだろう。会おう。広間に通しておけ」
「承知いたしました」
細川藤孝が急ぎ下がっていくと,将軍足利義藤はゆっくりと立ち上がる。
「さて,やって来たのは狐か狸か,どちらであろうか」
そう呟く将軍足利義藤は口元に笑みを浮かべていた。
将軍足利義藤が広間に入ると,中央に二人の人物が座っている。
その左右には幕府重臣や近習達が控えていた。
足利義藤が広間に入ると一斉に頭を下げた。
ゆっくりと上座奥中央に向かい腰を下ろす。
「余が将軍足利藤孝である。遠路,大儀である」
「上様。証如でございます」
「うむ。証如殿。此度は如何なる要件であるか」
「安芸国毛利元就殿から上様にお願いの儀があるとのことで,この証如に仲介を依頼されましたゆえ,毛利元就殿三男である小早川隆景殿を使者として,お連れいたしました」
「ホォ〜,儂に頼み事があるというか」
「はい,お話だけでも聞いていただければ,嬉しく思います」
「他ならぬ証如殿の頼みである。いいだろう。小早川隆景,面をあげよ。この場にて話すことを許す。願いの儀,話してみよ」
証如の少し斜め後方にて頭を下げていた若者が顔を上げる。
「ありがとうございます。拙者,安芸国毛利元就が三男,小早川隆景と申します」
「遠路はるばるここまで来て,儂に願いとはなんだ」
「昨年,大内義隆様とその御一族が家臣である陶隆房の謀反により残らず殺されました。陶隆房は大内義隆様が治めていた周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前の掌握に乗り出していますが,安芸を本拠とする我ら毛利を亡き者にするために難癖をつけて来ております。もはや,一触即発の事態」
「和睦の仲介か」
「いいえ,陶隆房討伐許可をいただきたく」
その言葉に将軍足利義藤は驚いた。
前世では,確かに毛利元就は圧倒的大差をひっくり返して,陶隆房を打ち破っていたが,それは奇跡的な勝利であったはず。
小早川隆景の表情は不安は微塵も感じさせない力強さがある。
「陶隆房の討伐許可だと,勝てるのか」
「勝てます」
「圧倒的不利な状況ではないのか」
「必ず勝てます」
「許可を与えて儂に何か得るものがあるのか」
「西国の安定が手に入ります」
「西国の安定か」
「上様には必要なことかと」
「それであれば,我が手勢の内,10万ほどの軍勢を動かせば事足りる。儂が直接,陶隆房を討伐すれば問題ない」
「上様は天下の安定を誰よりも望んでおられると聞きます」
「儂が毛利に陶隆房討伐許可を出し,見事毛利が陶隆房を打ち取ったらどうなる」
「西国は安定いたします」
「小早川隆景」
「はっ」
「欲張りすぎだ」
「欲張りすぎでございますか」
「毛利元就が儂の討伐許可を受け,大義名分を手に入れ,陶隆房を見事打ち取ったとする。すると,周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前が毛利の手に入る。さらに石見銀山まで手に入る。これほどの力を一人に与えることは危険だ。いつ,儂に牙をむくかわからん者を作る訳にはいかんな。ならば,儂が直接討伐してしまった方が安全であろう」
将軍足利義藤の言葉に小早川隆景は驚く。
その顔には大粒の汗が浮かんでいる。
「お・お待ちください。我ら毛利は上様に子々孫々に至るまで忠節を尽くします」
「それをどう示すのだ」
「誓詞を」
「誓詞なんぞ,気休めであろう。戦となれば寺社に平気で火をかける者達の誓詞なんぞ,所詮気休め程度に過ぎん。何も無いよりはマシ程度だ。何を持ってそれが本当であることを示すのだ。答えよ小早川隆景」
目を細め,疑い深い視線で小早川隆景を見つめる将軍足利義藤。
「我が兄弟を人質として差し出し,石見銀山から産出される銀の二割を将軍家に納めます」
「話にならん」
将軍足利義藤は立ち上がり広間を出て行こうとする。
「お・お待ちください。銀の三割・・」
将軍足利義藤は無視して部屋から出る寸前。
「銀を六割納めます」
「ふむ・・銀六割か・よかろう」
将軍足利義藤は広間の上座に戻り座る。
「分かった。よかろう。討伐許可を出そう。大内義隆とその一族を謀反により殺した陶隆房を,幕府御敵としての討伐を毛利元就に命ずる。さらに,そのため火縄銃100挺と必要な火薬を下賜する」
「はっ,ありがたき幸せ」
「如何なる策があるのかは知らぬが,見事討伐後は周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前と石見銀山を治めることを許可する。将軍家に対して,より一層の忠節を尽くすべし」
「承知いたしました。必ずやご期待に応えて見せます」
将軍足利義藤は,陶隆房の討伐許可状を毛利元就に与えるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます