第62話 警戒

警戒厳重な将軍足利義藤の本陣。

周辺は精鋭と呼ぶべき男達が厳しい監視の目を光らせている。

わずかな物音であっても即座に対応。

忍び込んできた敵の忍びや物見をことごとく斬り捨てる。

「逃さんぞ」

隠れて様子を伺っていた武田側の忍びが一斉に逃げ出す。

三人の忍びがそれぞれ別の方向に逃げていく。

逃げる武田側の忍びの退路にすぐさま他の武士たちが立ち塞がり,すぐさま太刀を一閃。

血を流し倒れる武田側の忍び。

他の武田の忍びも逃げきれず討たれた。

幾度となく武田側の忍びや物見が本陣に近づこうとするが,ことごとく討ち取られている。

そこに将軍足利義藤の側近である細川藤孝がやってきた。

「忍びこんだ者はどうした」

「はっ,発見した敵の忍びは三人。残らず斬り捨てました」

「それでいい。武田は懲りずに何度も送り込んでくる。まったく懲りない奴らだ。よいか,怪しい者はことごとく斬り捨てよ。上様には近づけるな」

「お任せください」

厳重な警戒が続いていく。


本陣周辺の喧騒とは無縁のように,将軍足利義藤は本陣の中で目を瞑り腕を組んで静かに時を待っていた。

戦いの舞台を整え,後は武田晴信が動いてくることを待つのみである。

そこに細川藤孝が慌ただしくやって来た。

「上様」

「藤孝か,如何した」

将軍足利義藤はゆっくりと目をあけ細川藤孝を見る。

「武田晴信が動きました。8千の軍勢にさらに3千を加えて,騎馬隊を中心に1万1千の軍勢で躑躅ヶ崎館を出発。諏訪へ向かったとのことでございます」

「いよいよ動いたか,待ちかねたぞ」

「道三殿の策にかかったということでしょうか」

「そのようだな。ようやく食いついてくれたか。準備を整え待っていたかいがあったというものだ」

そこに斎藤道三も急いでやってきた。

「上様。ようやく甲斐の武田晴信が動いたと聞きました」

「道三殿の策にかかり,この諏訪の地に向かって騎馬隊を中心に1万1千で甲斐を出たそうだ」

「1万1千でございますか,ほぼ予想通りの人数ですな」

「わざわざ甲斐からくるのだ。しっかりともてなしてやってくれ」

「承知いたしました。上原城は如何いたします」

「既に落城している城をいつまでも包囲している必要はあるまい。上原城というエサに掛かった武田晴信が向かってくる。直ちに囲みを解いて武田晴信との戦いに備えることとする」

「承知いたしました」

上原城は幕府側が攻め寄せた初日に一気に攻め落とされ既に落城していた。

武田の諏訪郡代であり,上原城主である板垣信方と城兵は既に討ち取られている。

幕府側は武田晴信を諏訪に誘き寄せるため,上原城が落城していないように見せかけるために,わざと厳重な包囲を続けていた。

蟻一匹這い出る隙間も無いほど厳重な警戒を敷き,武田側に上原城落城の情報を与えぬように武田の忍びや物見が近づかぬようにしていたのだ。

上原城が既に落城している事実を武田晴信に知られないためでもあり,落城の事実を武田晴信が知れば自ら信濃には出てこない。

多くの武田側の忍びや物見が本陣や上原城に近づこうとするが,落城の事実を秘匿するため残らず討ち取られ,武田側は誰一人として本陣と上原城に近づくことができなかった。

幕府側は武田側を欺くための上原城の囲みを解き,全軍で武田晴信の軍勢を迎え撃つ準備を始める。

「武田の騎馬隊を防ぐための馬防柵を至急設置して,鉄砲隊の準備を急げ」

将軍足利義藤の指示で陣中が慌ただしくなっていく。

武田側が進軍してくると思われる方向には,馬防柵をいくつも作り鉄砲隊の準備を指示。

既に用意していた簡易的な馬防柵を設置していく。

「藤孝。佐久に向かわせた軍勢はどうしている」

「はっ,武田側の内山城を完全に封鎖しております。周辺の国衆も様子見状態で動いておりません。内山城と周辺を抑えるだけであれば半分の兵で十分足りますので,残り半分の八千の兵はこちらの後詰めとして急ぎ向かっております。武田晴信の軍勢が来る前には到着すると思われます」

「分かった。それで良い。武田晴信は鉄砲の集中砲火は初めて体験することになる。武田がどうするのか見ものだ」

甲賀衆の和田惟政が現れた。

「上様」

「惟政。武田晴信の動きは」

「信濃と甲斐の国境を越えて真っ直ぐにこちらに向かっております」

「何か策を弄している様子はあるか」

「駿河今川家に支援を要請したようです」

「駿河今川家の当主は,今川義元であったな」

「今川義元に間違いございません」

「義元の動きは」

「相模の北条に怪しい動きがあり備えるため,援軍は出せないと返答されたようです。しかし,今現在今川家と北条家の衝突の恐れは無いようです」

「相模北条家か,そもそも伊勢家でありながら鎌倉執権の名を語るとはな。奴らは嘘も言い続ければ真になると考えているのか。そういえば,義元から儂に対して二心無いことを誓う誓詞が届いていたな。なるほど,ここで武田晴信に援軍を出さぬことでその証としたか。惟政。引き続き武田晴信の動きをしっかり見張れ」

「承知いたしました」

幕府側は迎え撃つ体制が既に出来上がりつつあった。

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