第63話 激突

武田晴信率いる軍勢が幕府軍の見える位置にまできた。

急ぎに急いだはずにも関わらず目の前には信じられない光景が広がっている。

既に進路上には多数の馬防柵が幾重にも築かれ,騎馬隊で一気に突撃することは難しい状態となっていた。

「飯富。これほどの数の馬防柵を用意しておくとは,敵ながら見事というしかないな」

「晴信様,感心している場合ではありませんぞ。これを打ち破らない限り,上原城と佐久の内山城は救えませんぞ」

重臣の飯富虎昌は苦言を呈する。

「分かっておる。しかし,これだけの馬防柵。騎馬での突破は難しいぞ」

「ならば,足軽による力攻めしかありませぬ。足軽により血路を切り開き,そこから騎馬隊の突撃を加えるしかないかと」

そこに,幕府軍を調べるために放っていた忍びが戻ってきた。

「上原城の状況はどうなっている」

「既に上原城は落城しております」

「何,間に合わなかったか」

「いえ,どうやら上原城は包囲されてその日のうちに落城していたようです」

「なんだと・・まさか,上原城は我らを誘き寄せるための餌か。落城していないように見せかけるために包囲を続けていたのか」

「そのようです」

「やられた・・・まんまとおびき寄せられてしまったのか」

そこに別の武田の忍びが報告に現れた。

「佐久の内山城方面にいた幕府軍の半数が既にこちらに戻ってきております」

「なんだと」

「目の前には幕府軍1万6千では無く,2万4千の軍勢。佐久から戻ってきた8千は二手に分かれ,密かに我らの左右に展開しつつあります。このままでは完全に逃げ場を失います」

想定外の事態に考えが追いつかず言葉を失いしばらく黙り込む武田晴信。

「敵が1万6千であれば,差は5千。戦いようによっては互角以上の戦いができるが倍の兵力差。相手に油断がなければかなり厳しい戦いだ」

「晴信様。殿はこの飯富が受け持ちましょう。すぐに引くべきです」

「簡単に逃がしてくれる相手ではない。左右に二千づつ振り向けよ。回り込もうとしている敵を牽制させろ。敵が大軍を運用できない位置まで下がり,徹底的に守りに徹する必要がある。そのためには,正面の敵を牽制して時間を稼ぐ必要がある」

「ならば,こちらも馬防柵を作り時間を稼ぎましょう」

武田晴信は自軍の足の遅い荷駄隊などを事前に後方に下げさせ,いつでも一気に後退できるように準備を始めた。


ーーーーー


将軍足利義藤は,動きを止めた武田の軍勢を訝しく見ていた。

武田勢が馬防柵を作り始めているのが見える。

「変だ。武田の動きが止まった」

「上様」

和田惟政がやって来た。

「惟政。武田の動きは」

「左右から回り込もうとしてしていた我が軍の動きを知り,武田は左右に二千の軍勢を回し牽制しております。さらに,武田勢は足の遅い荷駄隊などをすでにはるか後方に下げております」

「逃げるつもりか。藤孝」

「ここに」

将軍足利義藤の呼び声に細川藤孝が応える。

「武田晴信は,隙を見て一気に退却するつもりだ。逃す訳にはいかん。まず前面の敵を叩く」

「承知いたしました。直ちに」

将軍足利義藤の指示で幕府軍が動き出した。

ゆっくりと前線を押し上げていく。

幕府軍の軍勢は武田勢の弓が届く寸前のところで止まった。

火縄銃を担いでいた足軽が火縄銃を構える。

火縄銃を前面に並べての一斉射撃が始まった。

戦場に響き渡る火縄銃の轟音。

火薬の匂いが風に乗って戦場に流れる。

止まることの無い火縄銃の攻撃に前に武田の足軽達が次々に倒れていく。

武田の足軽も初めて受ける火縄銃の攻撃のため,どうしていいのか分からず,何で攻撃されているのか分からず,それが混乱に拍車をかけて武田の前線が一気に崩壊する。

「藤孝。敵の前線が崩れた。一気に武田を叩くぞ。武田晴信を逃すな」

「はっ,承知しました」

幕府軍の騎馬隊と長槍が崩れた武田の前線に襲いかかる。


さらに,左右から回り込み武田勢を包囲するべく移動していた幕府軍も,本体の動きに呼応して牽制していた武田勢に攻めかかる。

既に武田本体の前線が崩壊していることもあり,持ち堪えることができずに足軽が逃げ始めるとこちらも一気に軍勢が崩壊。


武田勢を圧倒していく軍勢の動きを見ながら細川藤孝に声をかける。

「武田晴信はどうなった」

「行方を追っておりますがまだ見つかりません」

「逃げ切ったと言うことか」

「その可能性が高いかと」

「惟政を呼べ」

将軍足利義藤は,甲賀忍者の和田惟政を呼ぶ。

暫くすると和田惟政がやって来た。

「武田晴信の行方はどうなった」

「どうやら事前に荷駄隊に紛れて後方に下がっていたようです」

「戦いが始まる前に既に居なかったのか」

「戦いが始まる頃には既に国境まで下がっていたようです」

「既に信濃にはいないと言うことか,逃げ足が早いな。ならば,誰が武田の軍勢に指示を出している」

「重臣の飯富虎昌が殿を務めながら,軍勢をまとめ国境に向けて逃げております」

「重臣の飯富虎昌が殿か,武田もやるではないか。上原城の偽の包囲に騙されて,のこのこ出て来た段階で,武田晴信を確実に討てると見ていたのだがな。逃げられたものは仕方ない」

「上様。この後如何いたしますか」

「藤孝。我らは信濃国守護小笠原殿の助けを求める声に応じて,信濃国を奪い返すために来たのだ。甲斐国を征服に来たわけでは無い。残る佐久郡を奪い返して,武田を甲斐に封じ込めるまでだ」

「承知いたしました」

信濃国諏訪郡から武田晴信の勢力を一掃した将軍足利義藤は,佐久郡へ兵力を振り向けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る