第60話 兵は神速を尊ぶ

美濃国の前守護代斎藤利政は、守護代を解任されると同時に出家して道三と名乗っていた。

出家をしたのは,将軍家に敵対しないことを示すためでもあった。

将軍足利義藤から領地安堵の確約を得たこともありホッと胸を撫で下ろしている。

その斎藤道三は、将軍足利義藤から信濃国守護小笠原長時への援軍に、美濃国衆8千を率いて加わるように命を受けて明智光安と共に軍勢に加わっていた。

しかし,加わってみると将軍家直属軍の移動の速さについて行くのがやっとであった。

特に美濃国境を越えて信濃に入ってからの動きが異常なほどに早い。

「何という速さなのだ。ついて行くのやっとだぞ」

「道三殿。この軍勢の速さはまさに神速。この早い進軍であれば,敵が体制を整える前に攻め込めることになりますぞ」

「まさに兵は神速を尊ぶか」

軍勢は諏訪郡に入るとそこで信濃守護である小笠原長時の率いる軍勢と合流した。

そこで軍勢は一度休息を取る。

すぐに仮設本陣が作られ,仮設本陣に小笠原長時が信濃国衆を引き連れて挨拶に訪れた。

「上様。信濃守護小笠原長時と申します。我が願いお聞き届けいただきありがたき幸せに存じます」

「儂が将軍足利義藤である」

「我が居城・林城を監視するための村井城を落とすために,上様から手勢を差し向けていただき,お陰で村井城を簡単に攻め落とすことができました」

武田側は,信濃守護小笠原長時の動きを監視と牽制のために村井城を築いて,小笠原長時に圧力をかけていた。

そこで将軍足利義藤は,密かに伊賀衆・甲賀衆を送り込んで信濃への進軍に合わせ村井城に火を放つように指示。

その結果,武田側は突然の事態であり,警戒していなかったこともあり村井城はあっという間に丸焼けとなり,城に詰めていた城兵は散り散りになり小笠原の軍勢に打ち取られることとなって

いる。

「儂が来た以上は信濃から武田を追い出して見せよう。武田を追い出した後は,信濃国州と連携して信濃の安定に努めよ。欲に駆られて他領を犯すことは厳禁である。そのような国衆は残らず幕府御敵とする。そのことをよく胸に刻み込むことだ」

「ありがとうございます。承知いたしました。上様のお言葉は胸に刻み込みます」



村井城をあっさりと焼き討ちにして見せたことを聞いた道三は驚きを隠せなかった。

「こうもあっさりと城一つを簡単に燃やすとは信じられん」

道三の呟きは,同行している美濃国衆も同じことを思っており,城を攻め落とす速さに驚いていた。

攻める目標は武田の信濃支配のための二つの拠点。

諏訪郡の上原城。

佐久郡の内山城。

どちらも武田晴信の側近とも言える重臣が詰めていた。

甲斐の武田晴信にとっての重要拠点。

軍勢は二手に分かれて進軍していく。

斎藤道三率いる美濃勢は,諏訪攻略の軍勢に加わる。

「光安。諏訪攻めでは手柄を挙げておかねばならんな」

「確かに,我らの立場は弱いですから,ここで多少なりとも手柄を挙げておく必要がありますぞ」

二人は多少なりとも将軍足利義藤の心証を良くしておきたいと考えていた。

「道三殿。何やら先が騒がしいようですな」

騒がしい声と刀同士を打ち合う金属の音が聞こえてくる。

「どうやら武田の伏兵のようだ。周囲に気を配れ」

道三の率いる軍勢にも伏兵が襲いかかるが,既に警戒していたため次々に斬り倒していく。

道三自身も槍をふるい敵兵を倒していく。

しばらくして武田勢は引き上げていった。

「ふぅ〜,ようやく引き上げていったか」

「道三殿。お味方の負傷は軽微のようです」

「この転がっている骸の数からいって,武田の伏兵はかなり討たれたのではないか」

「かなりの損害でしょうな。ですがこれは伏兵というよりは時間稼ぎではないかと」

「時間稼ぎか」

「備えを固めるためか,援軍を待つためか,それとも逃げるためか」

「なるほど,それは諏訪に行ってみればわかることだ」

軍勢は何事もなかったかのように隊列を整え,諏訪に向かって進軍を開始した。


ーーーーー


諏訪郡上原城。

諏訪郡金比羅山に築城された山城である。

諏訪惣領家の城で5代70年余り諏訪氏による諏訪地方統治の中心であったが,武田晴信より諏訪頼重が自害させられ甲斐武田家の城となっていた。

武田晴信の重臣である板垣信方が諏訪郡代と上原城城代を務めることで諏訪を治めていた。

板垣信方は焦っていた。

突然の将軍家と美濃の軍勢の出現と村井城の落城。

時間稼ぎの伏兵も大して役には立たず敵の来襲は時間の問題であった。

急な事態のため諏訪の国衆を集めることもままならず,手持ちのわずかな手勢で戦うしかない状態であった。

諏訪国衆に呼びかけたとしてもほとんど応じないであろうと予想もできた。

いきなり同盟を破棄しての騙し討ち,かなり恨まれていることも分かっている。

数年先であれば武田の領民として取り込めたと思っているが,まだ武田の領民として取り込めていない状態での将軍家の軍勢。

反武田の国衆をより一層力付ける事だろう。

慌ただしい足音が聞こえてきた。

「いよいよ来たか」

家臣が部屋に入ってくる。

「将軍家と美濃の軍勢1万6千が城を取り囲んでおります」

「備えをしっかりと固めよ」

「それが」

「どうした」

「城から出る道という道が全て塞がれております。さらに敵が登って参ります」

「そうか・・・援軍が来るまで何としても持たせる。しっかりと備えを固めよ」

「承知しました」

既に,躑躅ヶ崎館には事態の報告と援軍要請の使者を送っていた。

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