第58話 将軍は信濃国へ

幕府の軍勢と美濃国衆3万3千の軍勢は,将軍家の旗印と菊の旗印を掲げ中山道木曽路を諏訪郡に向けて進んでいる。

将軍足利義藤は,朝廷から武田討伐の綸旨を貰い,菊の旗印を作り掲げていた。

軍勢の先頭には,2匹の龍が天に昇る姿を表す‘’丸に二つ引き両門‘’の旗印。

菊の御門を模した菊の旗印。

その軍勢を見た領民と土豪たちの報告を受けて,一人の武将が慌てたように近寄ってきた。

「お待ちくだされ」

「何ヤツだ。この軍勢を将軍家の軍勢と知って邪魔立てするなら斬り捨てる」

軍勢の先頭にいた武士たちが一斉に抜刀する。

火縄銃を持つ足軽は一斉に構えた。

一斉に抜刀し,火縄銃を向けられ慌てる高遠頼継。

「お待ちください。拙者は,伊那郡高遠城主高遠頼継と申します。この軍勢はいかなることで」

「我らは朝廷と将軍家の命により,信濃国守護である小笠原長時殿の援軍に向かうところである。しかも,この軍勢は将軍足利義藤様が直接指揮されている。邪魔立てすれば,朝敵,幕府御敵となるぞ」

高遠頼継は,この軍勢が朝廷と将軍家の命で動いていること,しかも,将軍足利義藤自ら指揮を取っている軍勢と聞き表情が強張る。

同時に出来る限りこの軍勢の状況を聞き出すことが必要だと感じていた。

「決してそのようなつもりはございません。どうか上様に御目通りをお願いいたします」

将軍家の武士の一人が後方に下がっていく。

しばらくすると戻ってきた。

「上様がお会いするそうだ。ついて参れ,ただし腰の刀は全て預からせてもらう」

高遠頼継は,刀を預け案内の武士の後について行く。

しばらくすると急遽作られた本陣に入る。

奥の中央に一人の若武者がいた。

その両隣には厳しい目をする護衛の武士たちが居並ぶ。

指示された床几に座る。

「余が将軍足利義藤である」

「伊那郡高遠城主高遠頼継と申します。上様の御尊顔を拝し奉り恐悦に存じます」

「儂に何のようだ」

「こ・この軍勢は一体・・」

「我らは信濃守護小笠原長時からの援軍要請を受けて向かうところである。武田晴信は甲斐国守護でありながら信濃国諏訪郡・佐久郡を侵略している。そのようなこと許しがたい。既に朝廷からは武田晴信討伐の綸旨が出ている。邪魔立てするならば貴様も同罪。朝敵,幕府御敵としてして罰する」

朝廷からの綸旨が出ていると聞き慌てる高遠頼継。

このままでは自分も巻き込まれ朝敵,幕府御敵とされてしまう。

出来るだけ時間を稼いで説得するか,武田が動ける時間を稼ぐ必要があると考えていた。

「お待ちを,武田晴信殿は朝廷と幕府に楯突くつもりは微塵もございません」

「信濃国諏訪郡・佐久郡を攻め取ったのは事実だ。その事実は変えようが無い。ならば,今すぐ諏訪と佐久より全ての兵を引け」

「それは私の一存では,すぐに早馬を出し」

「ならん。この場から早馬を送ることは許さん」

将軍足利義藤は,武田側へ情報の伝わることを徹底的に遮断するため,手勢の忍びを動員して武田の物見や忍びを徹底的に排除していた。

この時点で早馬を送られれば,軍勢の情報が伝わり備えを固められる恐れがあるため,早馬を出すことを認めるわけにはいかなかった。

「で・ですが・・」

「既に言っている。我らの進む道を遮れば朝敵・幕府御敵である。お前たちの許可は不要だ。高遠頼継,この場で去就を決めよ。お主は誰に従うのだ」

「しかし・・」

「もう良い。即答できぬ時点で答えは決まった。お主を朝敵,幕府御敵とする。捕えよ」

その瞬間,高遠頼継は取り押さえられた。

「お待ちください,ご再考を」

「お主は全ての武士の頭領たる征夷大将軍よりも,その配下の一守護にすぎない武田晴信を選んだ。それだけだ。自らの決断に責任を持つべきであろう」

「このようなことが許されるか,諏訪は我らのものだ」

「言ったはず,儂は全ての武士の頭領である征夷大将軍であると。全ての守護は我が配下である。そもそも貴様も諏訪頼重を罠にかけることに加担したのであろう。その結果,新たな領地を手にした」

「そのような」

「ならば,知っていながら知らぬふりをしたのであろう。違うか」

「武田は強かですぞ」

「そんなことは分かっている。そのためにこの軍勢は3万3千。後詰めに3万。儂の軍勢は油断とは無縁だぞ」

将軍足利義藤はそのまま本陣を出ていく。

将軍足利義藤は全軍に号令を発する。

「全軍,諏訪に向けて進軍せよ」

3万3千の軍勢は再び進軍を開始した。


しばらくすると将軍足利義藤の下に伊賀衆服部保長,甲賀衆和田惟政が揃って現れた。

「首尾は」

将軍足利義藤は二人に問いかける。

「はっ,信濃守護小笠原長時殿の林城を監視していた村井城には火を放ち燃え尽きました」

服部保長の報告に満足そうに頷く。

将軍足利義藤は,事前に伊賀と甲賀の忍びを使い,幕府の軍勢が木曽を通る頃に村井城に火を放つように指示していた。

「小笠原殿はいかがした」

「直ちに軍勢を集め逃げる武田勢を討ち取り,国衆を集め合流場所である諏訪に向かうところであります」

「分かった。次に伊賀衆・甲賀衆は武田の間者を徹底的に排除せよ」

「「承知いたしました」」

軍勢は再び諏訪に向かって動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る