第57話 水の都大阪と信濃の窮状
天文18年5月下旬
将軍足利義藤は、京の御所に重臣達を集めていた。
御所の広間には多くの幕府重臣たちが集まっている。
「以前より考えていた摂津国に交易の湊と街を作る計画をいよいよ実行に移したいと思う。幕府主導で湊と街を整備して、堺を上回る湊を作りこれ以上堺の商人に力を持たせないようにする」
将軍足利義藤は、幕府主導で新たな貿易港を作ることで、堺の商人たちに余計な力を持たせることを防ぎ、堺に回っている富を幕府に直接入れることを目指していた。
つまり、これ以上堺の商人達に力と富を与える事は、危険であると考えてるからである。
将軍足利義藤と石山本願寺との間で、良好な関係を築けた事も大きく影響している。
石山本願寺側も幕府の新たな湊と街作りに賛成して全面協力を申し出ていた。
石山本願寺の多くの信徒の協力が得られたら、それだけで多くの工事用人足を賄える。
まさに持ちつ持たれつの関係を築いて、新しい商都での利益を得られるように持っていくことで将来的に一揆を完全に封じ込める狙いもあった。
「上様。湊は淀川河口周辺に作ることでよろしかったでしょうか」
将軍足利義藤の側近である細川藤孝が、新しい街の構想の詳細を詰めるために聞いてくる。
「それで問題無い。堺の倍以上の大きさの港を作るようにせよ」
「承知しました。堺の商人達が慌てる姿が目に浮かびますな」
「新たな湊と街は幕府の管理地。奴らの好き勝手にはさせぬ」
「堺の商人どもが邪魔をしてくるのでは」
「堺の商人達も一枚岩では無い。当然、納屋のように我らに従う者達もいるだろう。場合によっては近江商人や博多の商人を使うことも考えておけば良い。近江商人達もここでの商売に加わりたいであろう」
「万が一、邪魔をしてくるならばそのように対処いたします」
「それで良い」
「上様。街にする土地のことです。湿地が多いためそのままでは使えない所がほとんどです。そのため多くの水路を掘り、その土を街となる土地の嵩上げに使います。不足する土は、周辺の高台や山から運びたいと考えています。そして、掘った水路から余分な水を海に流し、掘った水路はそのまま運河として利用すれば、船を使った輸送路として使えると思います」
「街の中で運河が使えたら船を使った大量の物資の移動が楽にできる。商都としての大きな利点だ」
「上様。それだけではございません。淀川を使えばそのまま京や琵琶湖へ船で物資を輸送できます。これは堺にはできない利点」
「確かに、完成すれば境を越える貿易の街となるだろう。ならば急ぎ準備を行い工事に取り掛かれ」
「承知いたしました」
ーーーーー
摂津大規模工事が始まる頃になると、細川藤孝が将軍足利義藤の執務室を訪れた。
足利義藤は、実際現場を指揮する家臣達と連日打ち合わせを重ねていた。
「上様、細川藤孝にございます」
「藤孝。如何した。今日は摂津のうち合わせはなかったはずだが」
「いえ、今日は摂津の件では無く、信濃国の件でございます。小笠原殿」
細川藤孝が幕府奉公衆の一人である小笠原稙盛を呼ぶ。
「稙盛と信濃・・甲斐の武田のことだな」
甲斐の武田晴信は、父を今川領に追放して以降甲斐を掌握して、いよいよ信濃に手を伸ばし始めている頃であったと思い出していた。
生まれ変わる前、激しい戦いが繰り広げられる信濃国を安定させるために、武田晴信に戦いをやめることを条件に信濃守護に任命したが、武田晴信は約束を反故にして戦いを続け、信濃国をほぼ手に入れてしまう。
さらに越後の湊を欲してとうとう越後上杉と戦う事態となり、その後何度も北信濃で戦いが続けられることとなった。
結果、将軍足利義藤は上杉に味方して、越後上杉家に武田の討伐許可を与えることになった。
「上様。その通りでございます。信濃守護である小笠原長時殿は、我が縁戚にあたり小笠原流馬術礼法宗家にございます。その小笠原長時殿の治める信濃国に甲斐の武田晴信が戦を仕掛けてきております。そして信濃国諏訪を治めていた諏訪頼重殿は騙し討ち同然で惨殺されました。それだけに飽き足らず昨年は佐久まで奪われてしまいました。このままでは、そう遠く無いうちに信濃の全てを奪い取ろうと画策するはずでございます」
このままなら来年にでも、信濃府中(松本)にある信濃小笠原家の居城である林城が攻められ落城する。
そして、小笠原家は北信濃の村上義清を頼り、北信濃に逃げることになる。
「甲斐の武田晴信は、強かでありその欲望は底なしだ。それで小笠原家は儂にどうして欲しいのだ」
「上様には、信濃の窮状をお汲み取りいただき、お助けいただきたいと小笠原長時からの書状にございます」
小笠原稙盛は、信濃守護小笠原長時からの書状を将軍足利義藤に渡す。
書状を開くとそこには、信濃の窮状を訴え助けを求める内容が書かれていた。
「信濃守護小笠原長時の訴えは承知した。儂が武田を追い払い。奪われた諏訪を取り返しやろう。長時殿にはそのように伝えよ」
「承知いたしいました。上様のお力添え感謝いたします」
「藤孝」
「はっ」
「龍騎衆を主体に畿内の軍勢で2万5千。美濃国で8千。合計3万3千の軍勢とする。美濃は蝮殿を同行させよ。美濃の蝮と甲斐の虎。どちらが強いか比べることができるまたとない機会であろう。直ちに準備いたせ」
「直ちに準備に取り掛かります」
将軍足利義藤は、信濃守護小笠原長時への援軍を決断した。
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