第56話 刺客
将軍足利義藤は、近習と腕利の家臣達三十人ほどの供回りとともに、天下平定祈願のために愛宕神社に向かっていた。
愛宕神社は、天応元年(781年)に天皇の勅命で京の鎮護の神として創建された神社であり、古くは阿多古神社とも言われる神社である。
火除けの神と言われるが全国の多くの大名達からは軍神として信仰されていた。
本殿には勝軍地蔵が祀られ、愛宕権現とも呼ばれている。
将軍足利義藤は、近習の者たちと普段から周辺を護衛している腕利の家臣を引き連れていた。
さらに、今回は剣聖塚原卜伝と高弟の弥四郎の二人も同行していた。
愛宕神社に向かう一行の前に甲賀忍びの鵜飼孫六が目の前に現れた。
「どうした。孫六」
「上様。この先に正体不明の武士達がおります。その数五十人。皆殺気立っており危険でございます。すぐに御所にお戻りください」
「正体不明の武士だと」
「はい、急ぎお戻りを」
さらに鵜飼孫六の部下である忍びが急ぎ近寄ってくる。
「間に合いません。正体不明の武士達が間も無くこちらに参ります」
「上様、お急ぎを」
「この状況で背中を向けて逃げれば確実に討たれるぞ。逃げることは出来ん。ここは受けて立たねばならん。孫六、甲賀は何人来ている」
「今連れてきている甲賀は三十人でございます」
「ならば、数の上ではこちらが多い。さらに
「承知しました」
鵜飼孫六は、甲賀の忍びの一部を周辺に隠れている敵がいないか調べさせ、残りは将軍足利義藤の護衛に当たらせる。
将軍足利義藤の気合いを受け、供回りと甲賀忍びたちの緊張感が増す。
すぐに反撃できるように皆が刀を抜いて戦う準備をする。
槍や大薙刀持つものは、先につけている穂鞘を外し槍を構え、大薙刀を構える。
暫くするとその正体不明の武士達が現れた。
将軍足利義藤の側に緊張感が走る。
暫く無言のまま睨み合いとなった。
細川藤孝が厳しい言葉を投げかける。
「貴様ら何奴だ。将軍足利義藤様と知っての狼藉か、事と次第によってはただでは帰さんぞ」
相手は、細川藤孝の言葉を無視するかのように、皆将軍足利義藤を睨みつけている。
その中の一人が口を開く。
「我らは貴様に葬られた細川京兆家に仕えた者たちだ。細川京兆家を潰し全てを奪い取った貴様だけは許せん。足利義藤ここで潔く死ね!」
その武士達は一斉に刀を抜いて襲いかかってきた。
将軍足利義藤も刀を抜いて戦うため周囲の動きに気を配る。
そんな義藤の前に鹿嶋新當流の塚原卜伝と高弟の弥四郎がいた。
「上様は戦う必要はございません。上様の剣は天下のためにあるもの。このようなことは、この卜伝と弥四郎にお任せあれ」
将軍足利義藤の家臣達と細川京兆家の残党による戦いが始まった。
最前線は混戦状態となっている。
その中を潜り抜けて将軍足利義藤に斬りかかってくる者たちは、塚原卜伝と高弟の弥四郎により一太刀で切り捨てられていく。
離れた森の中では銃声が鳴り響く。
周辺の護衛達が一瞬さらに厳しい表情をする。
「こちらに鉛の玉は飛んできていない。おそらく、潜んで火縄銃で狙っていたものが甲賀の忍びに討たれたのだろう。だが、油断は禁物だ」
その時、背後に気配を感じた将軍足利義藤は無意識の内に右側に体を避けた。
将軍足利義藤のいた場所に刀が振り下ろされていた。
そして、足利義藤は避けたと同時に横に一回転して刀を横に振り抜く。
「馬鹿な・・・」
一瞬で切られたことが信じられないまま、将軍足利義藤の一太刀で男は息絶えた。
そして、将軍足利義藤は呟く。
「すまんな。たとえどれほど恨まれようと天下平定を成し遂げ、乱世の世を終わらせるまでは、この命、くれてやる訳にはいかんのだ。乱世が終わる時には、儂は直々に地獄の閻魔様に呼ばれるだろうが、それまではこの命はくれてやる訳にはいかん。どれほど罵られようが戦い抜くのみだ」
後方から十人ほどが襲いかかってきた。
「ほう、別働隊か。手が混んでいるな」
「貴様だけは!」
将軍足利義藤は、刀の切先を敵に向ける。
そして、自らの足を止めないようにゆっくりと歩いて敵を牽制していく。
「この乱世の世で己の欲と目先のことしか見えていない愚か者ども。絶える事の無い戦の中で天下の大道も分からぬ輩にかける言葉は無い。儂より一足先に地獄に赴き地獄で閻魔様に会うがいい。儂が特別に引導を渡してやろう。天下の大道も分からぬ天魔の如きもの達は斬り捨てる」
「ふざけるたことを吐かすな。死ね」
斬りかかってきた刀を跳ね上げ、袈裟懸けに一太刀で斬り捨てる。
「上様。危険です。我らに任せて、お下がりください」
正面の敵を切り伏せていた塚原卜伝が、将軍足利義藤に襲い掛からんとしている後続の敵の前に躍り出て次々に斬り捨てていく。
やがて、襲いかかってきた細川京兆家を名乗る者達は、全て討ち取られ戦いは終わりを告げた。
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