第55話 謁見
将軍足利義藤の本陣に斎藤利政が明智光安ほか供回り十名ほどを引き連れて、ゆっくりと近づいていく。
「止まれ。何者だ。これより先には進むことはならん」
本陣護衛の兵士たちが厳しい声で斎藤利政たちを止めた。
斎藤利政は本陣護衛の兵士に自らの名を告げる。
「美濃国守護代斎藤利政と申します。土岐頼芸様のことでご相談致したく参上いたしました。上様にお取次をお願いいたします」
「承知した。しばらく待たれよ」
本陣周辺では篝火の準備を行なっている。
間も無く日没となる時刻だ。
「上様が合われるそうだ。ついて来られよ」
兵士の一人が先導して案内していく。
斎藤利政は歩きながらさりげなく本陣周辺で警戒にあたる兵達を見ていく。
皆、規律正しく無駄口も叩かず緊張感を持っている。
普通の国衆達の兵とは、身に纏っている気配がまるで違う。
国衆の兵達であれば、いくさが起きる寸前でもなければ適当にサボっているのが普通であり、常に緊張感を持っていることは無い。
だが、ここには緩んだ空気は微塵も感じさせない。
斎藤利政は小声で明智光安に話しかける。
「ここまで精鋭揃いとは思わんかったな。兵の質がまるで違う」
「これでは、国衆の兵ではほとんどの者達が勝てませんぞ」
「それは間違いないな」
しばらくして大さな寺に到着する。
「中に入れるのは二名までである」
「ならば、儂と光安で行く。あとのものは外で待っていろ」
斎藤利政は明智光安とともに中に入っていく。
寺の中に入ると外の兵達よりもより一層眼光鋭い者達が多くいる。
「これは何か騒動が起きたら一瞬で首が落ちるな」
「それほどでございますか」
「本陣周辺を守る兵も精鋭だが、ここを守るもの達はそれ以上だ。おそらく、痛みを感じずにあの世に行けるから案外楽に死ねるかもしれんぞ。光安試してみるか」
「それは、あまり嬉しくありませんな。遠慮いたします」
明智光安は、斎藤利政の物騒な物言いに背筋が冷たくなるような気持ちになる。
周辺で警戒している兵達は、斎藤利政達が寺に入った瞬間から二人の一挙手一投足に至るまで警戒を見せていた。
やがて本堂中へと案内される。
「どうぞ中へお入りください」
中に入ると左右に幕府側の武将と護衛の者達が座っている。
正面中央の上座に身なりの整った若い男が座っていた。
その両隣にも眼光鋭い男達が控えている。
剣術の達人如き雰囲気を感じさせている。
上座から5
上座中央の身なりの整っている若い男が口を開いた。
「儂が将軍足利義藤である」
「守護代斎藤利政にございます。将軍様にお会いできて恐悦に存じます」
「それで、斎藤利政殿が儂に何用だ」
「土岐頼芸様の件でございます」
「あの者には、守護解任を申し渡したはずだが」
「存じております。我らも説得しておりますが全く聞き入れようとされず、ほとほと困っております。そのため、ぜひ上様のお知恵を頂きたく参上いたしました」
「いまだにしがみ付いておるのか。斎藤利政殿は人心掌握に優れていると聞き及んでいるが、斎藤殿であればどうにかなるのではないか」
「人心掌握に優れているなど滅相もありません。人は感情があり、我があり、欲があり、それゆえこちらの思った様には動かぬものです」
「人は思ったように動かぬか」
「はい、動きませぬ。思ったように動いてくれたらどれほど楽でしょう」
「美濃では、斎藤殿の敵対相手がよく死ぬと噂で聞くが」
「上様。それはこの斎藤利政を妬む者達が、悔し紛れで流す噂でございます。聞く価値も無い話でございます」
「妬みによる噂か」
「人の妬み嫉妬は恐ろしいものでございます。食あたりで死んでも斎藤利政に殺された。気鬱の病で自ら死んでも斎藤利政に殺された。そのうち、石に躓いて転んで頭を打って死んでも、斎藤利政に殺されたと言われかねないほどでございます」
「確かに人の妬み嫉妬は恐ろしいものだ」
「困ったものでございます」
「ところで美濃国衆に兵を率いて参陣せよと命じたそうだが、何のためだ」
「美濃の国衆の中には、なかなか話を聞か無い者達もおり不穏な情勢を感じたため、守護様に万が一があっていけないと思い、守護様を守るためと、不測の事態に備えるためでございます。それ以上の意味はございません。守護代として万が一に備えるのは当然のこと」
「儂と戦うためではないのか」
「滅相もない。我らは田舎の国衆でございます。ここを守る者達は、皆一騎当千の強者たち。上様の自慢の精鋭に適うはずもありません」
「なるほど、まあ仕方あるまい。ここでお主を脅したところで、お主は何とも思わんだろう。何ら証拠もあるまい」
「証拠とは、何のことか分かりませぬが、美濃国と領民の安定を第一にいつも考えておりますことだけは本心でございます」
「まあ、いいだろう。美濃国は当面将軍家預かりとして管理役の代官を派遣する。守護代に関しても交代とする」
「承知いたしました。新しい守護代は誰に」
「
「全て承知いたしました。上様の格別なる御恩に感謝いたします」
「土岐頼芸に関しては、早朝に軍勢を差し向け捕縛。そのまま京に連れていく。抵抗すれば討ち取る。以上である」
翌朝、将軍足利義藤の命で土岐頼芸捕縛の軍勢の軍勢が差し向けられ、土岐頼芸は抵抗すること無く捕縛された。
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