第54話 頼芸の足掻き

福光館は、将軍足利義藤と側近・護衛達の早朝訪問を受けてから極度の緊張状態にあった。

少し離れたところには、将軍足利義藤率いる一万五千の軍勢がいつでも戦える体制で控えている。

そしてそこには続々と美濃国衆が訪れていることが分かる。

皆領地安堵の願いに行ったのだろう。

いつ、約束を違えて軍勢が攻め込んで来るかも知れず、福光館を守る軍勢も僅かであった。

明智光安は、土岐頼芸に会う前に側近達から状況を確認してから土岐頼芸のところへ向かう。

広間では、土岐頼芸は不機嫌極まりない表情をしていた。

福光館の広間で、土岐頼芸から将軍足利義藤から通告された内容を聞き、もはや自分が対応できる事態を超えていることを知る。

和睦の条件は既に示されていた。

土岐頼芸が飲むか飲まないかである。

急ぎことの次第を書状にして斎藤利政に早馬で送らせた。

土岐頼芸は、まだどうにかできると考えている様であった。

「光安。どうにかせよ」

「そう申されても、相手は足利将軍足利義藤様です。つまり土岐頼芸様の御主君様でございます。手前は美濃の国衆にすぎませんから、手前ではどうすることも出来ません。頼芸様が上様を説得するしかありません」

明智光安からしたら自分の手に余ることであり、もはやこの状態ならば、土岐頼芸が将軍足利義藤の条件を呑んでくれることがもっとも良い解決に思えていた。

「ならば斎藤利政を呼べ。利政にどうにかさせよ」

「相手が上様であれば、利政様でも無理でございます」

「ならば軍勢を集めよ」

「美濃国衆はほぼ集まりませぬ。既に上様より美濃国衆に土岐頼芸様の美濃守護解任の沙汰が通知されております。今も続々と美濃国衆が上様の陣地に御機嫌伺いに出向いております。そんな国衆に命令を下して誰も来ません」

「儂よりも上様の沙汰を取ると言うのか」

「以前のように権威だけの存在であれば分かりませんが、権威・武力・財力を兼ね備えた現在の将軍家に楯突ける国衆はおりません。そんなことをすればその国衆はあっという間に潰されてしまいます。今の将軍家にはそれだけの力がございます」

「そうだ。六角だ。義父でもある六角定頼に力を貸してもらえれば」

「六角家は将軍家より厳しい沙汰を受けております。そのため、六角定頼殿は京で人質同然の生活を送っておられます。不可能かと」

明智光安は、六角定頼が京で将軍足利義藤の軍師的役割を果たしつつある事を知っていた。

ならば、今回の将軍足利義藤の行動は、当然六角定頼は承知していると考えるべきである。

その事を話せば、とんでもない行動を起こしかねない為、あえて六角定頼のことは伏せておくことにしていた。

「織田はどうだ。尾張の織田信秀の嫡男に利政の娘が嫁いでいるはずであろう」

「明日の朝までしか時間がございません。時間的に間に合いません。それに、織田信秀殿が上様を怒らせかねない真似をするとは思えません。上様を怒らせれば、尾張国での立場が悪くなります。まず動かないかと」

「ならば、どうしろと言うのだ」

「上様の沙汰に従うほかないかと思います。何もせずに年100貫文貰えてのんびり暮らせるのです。悪い話ではないでしょう」

「事実上の幽閉と同じではないか。下がれ、お前では話にならん。至急、利政を呼べ」

明智光安の説明に怒り出した土岐頼芸は、斎藤利政を呼ぶ様に指示をした。

「承知しました」

明智光安は急ぎ稲葉山城に戻るのであった。


ーーーーー


稲葉山城では、明智光安の方向を受けて苦悶の表情を浮かべる斎藤利政がいた。

「利政殿。もはや打てる手立ては無い」

「頼芸様は守護の地位にまだしがみ付いているのか」

「儂ももはや無理だと話したが聞く耳を持たん」

「ここまで上様が動かれているのだ。もはや無理だろう。上様はその中で最大限の譲歩されている。武力で一方的に押し潰すことができるのにすぐにそれをされない。普通この場合、頼芸様の生活の保証はしないぞ」

「だが頼芸様は守護を降りるつもりはない様だ」

「仕方ない。いくとするか」

斎藤利政はゆっくりと立ち上がる。

「流石のお主でも頼芸様を説得は難しいぞ」

「何を言っている。儂が向かうのは上様のところだ。お主も一緒にいくぞ」

「何・頼芸様はどうする」

斎藤利政は当然福光館の土岐頼芸のところに向かうものと思っていた明智光安は、将軍足利義藤のもとに向かうと言われ驚く。

「どうするも何も、説得が不可能であれば放っておいて、そのままそのことを上様に話すしかあるまい。その上で上様と頼芸殿をどうするか話し合うしかないだろう。頼芸様にはその後だ」

「危険ではないか」

「光安殿。上様が我らを罰するような事件が何かあったか。儂らは上様に何の不利益を与えていないし、上様に謀反を起こした訳でもない。罰するにはそれなりの証拠が必要だ。将軍家であればなおのこと、裁くための大義名分が必要だ。そんなものは存在しない。そうであろう。十分な大義名分がないまま裁けば、将軍家の面子が潰れることになる。流石にそんな真似はできんさ。それに今までそれなりに献金もして多少なりとも幕府を支えた実績もある。それを全て無しにはできんさ」

「お主のその度胸の良さはどこから来るのだ」

「儂がそんなに度胸が良いわけがあるか、いつも怯えておるよ」

「こんな状況でそんな事を平然と言ってのけ、笑っていることは常人にはできん」

明智光安は斎藤利政の度胸の良さに驚く事を通り越して呆れていた。

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