第53話 不適格の烙印
斎藤利政の後ろ盾で美濃国守護となっている土岐頼芸は、福光館で上座に座る将軍足利義藤の前で頭を下げていた。
その周囲には多くの将軍家の武将と護衛たちがいた。
護衛は将軍足利義藤の配下の中でも剣術の腕利きばかりを連れてきている。
土岐頼芸は、まさか現将軍が軍勢を率いて美濃に来るとは考えてもおらず、朝から酒を楽しんでいたところであった。
その顔はまだ酒が残っているのか、ほんのりと赤く、息からは酒の匂いがしていた。
「ホォ〜、朝から酒とは美濃守護はそんなに暇なのか」
「上・・上様、こ・これは昨夜の酒が残っているだけでございます」
「部屋の片隅にあるあれは何だ」
将軍足利義藤は扇子を持つ右手で部屋の片隅を指す。
そこには酒の入った徳利とぐい呑み、つまみに梅干しがあった。
「あれは昨夜の片付け忘れでございます。それよりも、なぜ1万5千もの軍勢で来られたのですか」
「土岐頼芸。朝から酒を飲んで、お主は今の美濃国の状況が分かっているのか」
将軍足利義藤の怒気を含んだ物言いに顔色が悪くなっていく土岐頼芸。
「美濃国の状況でございますか」
「その様子では分かっていないようだ。ならば儂から言ってやろう。儂がここに来なければ数年以内にお主は美濃を追放され、行くあてもなく彷徨いことになり、美濃は斎藤利政の支配する国となっていたであろう。そして、お主は国衆からは全く信用されていない」
「私は美濃国守護でございます。国衆が信用するとかしないではなく、全ての者たちは何があろうと守護に従うべきです」
「ホォ〜、なるほどな。さらに言わせて貰えば、お主は自分お欲望のままに戦を起こしすぎであろう。兄弟で力を合わせておれば、斎藤利政に付け入る隙を与えなかったものを、欲望のままに戦を次々に起こしたため、どれ程の国衆や領民が死んだと思っているのだ」
土岐政房の次男であった土岐頼芸は、父の寵愛もあり斎藤利政と共に兄土岐頼武を追い落とし、美濃国守護となったが兄頼武との戦いは繰り返され、やがて兄の嫡男である頼純との戦いと変わっていき、頼純が死ぬまで戦が続いた。
「国衆や領民なんぞ、いくらでも生まれてくるもの。そんなものたちが何人死のうが問題無いではないはず」
領地が荒廃する大名たちの多くが、領民は放っておいても、いくらでも生まれてくるものだと考えていた。
そして無謀な戦を繰り返し、無謀な年貢を課すことで信用を失い滅んでいくのである。
「ここまで愚かとは、呆れるばかりだ。土岐頼芸。本日この時をもって美濃国守護を解任する。美濃国は将軍家預かりとし、当面の間は将軍家直臣から臨時の代官を派遣することとする。土岐頼芸は京に住まうこととし、幕府から年100貫文の銭を与えてやろう」
土岐頼芸を下手の放り出すと何をしでかすか分からない。
ならば、銭を与え監視下に置いた方がはるかに楽だと考え、100貫文を与えて京に置いた方が目が届くと判断したからであった。
「馬鹿な。何を言われる。この美濃国は土岐家のものだ」
「ならば言わせて貰おう。土岐家に美濃国守護を任命したのは、足利将軍家である。つまり美濃国は将軍家が貸し与えたとも言える訳だ。今の将軍はこの足利義藤であり守護任命権は儂にある。儂がお主を解任すると決めたのだ。これ以上何がいる。お主は武家である。武家の頭領が決めたことだ。従うのが道理であろう」
「そんな馬鹿な話があるか」
土岐頼芸の一際大きな声に、将軍の護衛たちが一斉に刀を抜いて構え、将軍の側近たちが土岐頼芸とその側近を睨みつける。
「従わないなら、この館は跡形もなく灰燼に帰すだろう。明日の朝まで待ってやろう。よく考えることだ。既に美濃国衆でお主に味方するのは斎藤利政ぐらいであろう。二人でよく相談することだ。戦うなら斎藤利政と共に戦ってくれ、一回の戦でまとめて片付けることができて助かるからな」
将軍足利義藤の側近と護衛たちの殺気に当てられ、土岐頼芸は顔色が真っ青になっている。
そんな、土岐頼芸を残して福光館を後にした。
福光館を遠くに見える場所に将軍足利義藤は本陣を置いた。
本陣には続々と美濃国衆が挨拶に訪れている。
普通は、たんなんる国衆が将軍に謁見できることなどあり得ないため、皆が緊張して訪れていた。
同時に土岐頼芸が将軍足利義藤から美濃守護解任を直接申し渡されたこと知らされる。
しかし、それを知った美濃国衆はさほど驚いた様子が見られなかった。
その訳を
「上様、美濃国衆は遅かれ早かれ土岐頼芸殿は失脚すると見ておりました。それが斎藤利政の手によるのか、他の有力者の手によるのかの違いです。他者に頼らなければどうにもならない時点で結末が決まっていたでしょう。その相手が上様であるからこそ、土岐頼芸殿も普通に生きていける道を与えられるのです。他のものであれば命がないはずです」
「素直にそのように思ってくれればいいのだが」
「難しいでしょうな。そんなお方であれば、兄である頼武様と戦はしないでしょうし、斎藤利政に付け入る隙を与えるようなことにはならなかったはずです」
「そうであろうな」
「土岐家はほぼ終わりを迎えた思います」
「どんなものにも絶対は無いという事だな」
遠くに斎藤利政の手の者と思われる軍勢が福光館に近づいていくのが見えていた。
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