第50話 謀略の便り
将軍足利義藤は,播磨国から将軍の御所である室町第に戻っていた。
それぞれの幕臣達からの報告を受け自らの決裁が必要なものを処理。
忙しくしていた。
「上様」
「藤孝か,如何した」
「石山本願寺の証如様がお見えです」
「証如殿だと,1日早いな。よかろうここに通してくれ」
将軍足利義藤は,畿内の各宗教勢力同士の手打ちが終わった頃から,定期的にそれぞれの宗教勢力を代表する者と茶人を招いての茶会を開くようにしていた。
各宗教勢力とはできるだけ戦うことを避け,宗教勢力同士の戦いも起こしてほしく無いため,定期的に茶会を開くことで,各宗教勢力同士の融和を図ろうとしていたのだ。
最初は非常にギスギスした雰囲気であったが,回を重ねるごとに少しづつ話をするようになり,いまでは茶の湯に関することなら穏やかに話ができるまでになっていた。
そんな,茶会が明日開かれようとしていた。
しばらくすると浄土真宗第10世宗主の証如が入ってきた。
「石山本願寺証如でございます。上様にはご機嫌麗しく存じます」
「証如殿。久しぶりである。今日は如何したのだ。茶会にはまだ早いぞ」
「上様にお耳に入れたいことがございます」
「分かった。話を聞こう」
証如はできる限り将軍家とは友好的でありたいと考えており,畿内の安定のために協力的な姿勢を見せていた。
そのためなのか,定期的に各地の情報を集めて話にやってくるようになっていた。
その中には,伊賀衆や甲賀衆でも掴めていない情報も含まれており驚かされることがある。
各地で大名を圧倒するだけの戦力を容易く集めることが可能な存在であり,宗派に属する者達の数は膨大な数になる。
普通に暮らしている領民や百姓がある日突然武器を持ち,又は知らぬ間に情報収集をする諜報員に変わるのだ。
その信徒は,この日本のあらゆる階層に及んでいる。
場合によっては,忍びの者達を上回る情報収集を見せることもあり得る存在。
敵に回せばとてつもなく恐ろしい存在であり,味方にしたらこれほど頼もしい存在はないだろう。そんな宗派のトップが将軍足利義藤の前に笑顔を浮かべていた。
笑顔のまま,とんでもない情報を口にする。
「大内家で謀反が発生いたしました」
証如の言葉に将軍足利義藤は驚いた。
まだ,どこからもそのような情報が届いていないからだ。
だが,証如がわざわざそんな嘘を言いにここにくるはずもないため,事実であることが推測できた。
「大内家だと・・・その大内とは周防・長門に本拠を置く大内義隆のことか」
「はい,その大内義隆様の家臣である陶隆房が謀反を起こしたとのことです」
大内家は,周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前の守護であり,西国の大大名の一つ。
「謀反の結果は」
「陶隆房により大内家は根切りされたとの話です」
「なんだと」
足利義藤の生まれ変わる前の記憶では,大内家の謀反はまだ数年先。
謀反は成功して大内義隆らは自害するが,大友家の当主大友義鎮の弟であり大内義隆の養子でもあった大友晴英が,養子として形だけ大内家を継ぐことになったはずだ。
大友晴英の母親が大友義隆の妹であり,大内の血を引いているから選ばれたと記憶している。
「さらに,此度の陶隆房の謀反。裏で操ったものがいるようです」
「豊後の大友義鎮か」
「表向きそのように見えますが,どうやら実際は違うようです」
「他に仕組んだものがいるというなら誰だ」
「安芸国国衆の毛利元就とその三男の小早川隆景」
その名前生まれ変わる前の記憶にもあった。
かなり謀略に長けた男で,人は某神と呼ぶものもいたと聞いている。
「その名は聞いたことがある。かなり謀略に長けていると聞く。その情報は間違いないのか」
「はい,別々に複数の者達から情報がもたらされたので間違いないかと。ただし,証拠となるようなものは残されておりません。どちらかと言うと大内義隆と陶隆房が険悪になるように,憎しみ合うように誘導されと言った方が良いようです」
「誘導されたか,かなり人身掌握に長けた男のようだ」
「毛利はこれから急激に勢力を拡大させると思います」
「それは証如殿のカンか」
「はい,ただし毛利元就が陶隆房をどうするのか,全てはその結果次第でしょう」
「その結果次第で全てを飲み込む存在となるか。今までは大内の力を使い備後国から備前国にまで手を出していたようだが,さてどうなるか」
横に控えていた細川藤孝が声をあげる。
「上様」
「藤孝。如何した」
「毛利元就であれば,官位を頂きたいとの書状が届いております」
「ホォ〜・・・官位か」
「如何いたします」
「問題なければ,今の身の丈に合うものを斡旋してやれ」
「はっ」
「それと,毛利には儂から太刀と茶器を特別にくれてやる事にする」
「よろしいのですか」
「そのくらいで使える駒が増えるなら安いものだ」
「ならば,箔をつけてやるために上様が箱書きをされたら如何です」
「いいだろう。儂からの下賜の品であることが分かるように箱書きをしてやるか」
さっそく,茶器の箱蓋に征夷大将軍足利義藤からの下賜の品であることを書き入れ,足利義藤の署名を入れた。
控えていた毛利家の者達にそれを渡すと泣いて喜んで帰っていった。
その様子を見ていた将軍足利義藤は,これで毛利からの献金が増えるであろうと考えていた。
「藤孝」
「はっ,なんでしょう」
「箱書きは儲かるな」
「この日本に将軍は上様はお一人ですから・・堺の今井宗及殿が聞いたらたくさん頼まれますぞ。毎日箱書きに追われる日々となりましょう」
「それはそれで面倒だな・・仕方ない。特別に下賜する時だけにするか」
「それが賢明かと」
茶器の箱書きで儲けることを断念する将軍足利義藤であった。
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