第44話 播磨国平定(3)

将軍足利義藤率いる幕府軍3万は、別所氏の居城三木城まで半日の距離でとどまっていた。

今後の動きに関しての軍議を開いていた。

本陣には、将軍足利義藤・細川藤孝・三好長慶らがいる。

そこに、別所勢の動きを見張らせていた伊賀衆の服部保長が別所就治べっしょなりはるの動きに関して報告するために入ってきた。

「上様。服部保長にございます」

「保長。戻ったのか、ならば報告を聞こう」

「別所就治は、自らに従う東播磨国衆に召集をかけ上様を相手に戦うことを宣言した様です」

「ほぉ〜、国衆の反応はどうだ」

「東播磨国衆の考えは、将軍家相手でも戦う事を主張するものが約8割ほどに上ります」

「意外と多いな」

将軍足利義藤は、戦う事を主張するはもう少し少ないかと見ていた。

「尼子晴久率いる軍勢が播磨国に侵攻してきた時に、別所就治と東播磨国衆は力を合わせて耐え抜き、尼子晴久の軍勢を追い払った事があり、そのため此度も戦えると考えている様です」

「なるほど、過去の成功体験から我ら相手でも戦えると考えているのか」

「その様です。さらに、どうやら別所就治は、夜襲を行おうとしている様です」

「ほぉ〜、夜襲か」

「到着間近の今夜。我らが油断していると考えて狙ってくる様です。既に周辺に農民に扮した別所就治の手のものがこちらの様子を伺っております」

将軍足利義藤は、別所就治の夜襲とこちらを見張っている別所家の物見の話を聞きしばらく考え込む。

「上手くやれば、これは使えるな・・・長慶」

将軍足利義藤の呼び声に三好長慶が応えた。

「はっ」

「別所が夜襲を仕掛けてくる。別所の夜襲を利用するぞ」

「承知しました。ならば、別所の手の者達には夕刻から酒盛りをしているように見せましょう」

「よかろう。それらしく見せるため、配下の者達に周辺の領民から至急酒を集めさせよ。別所の者達をしっかりと誘いこめ」

「お任せください」

将軍足利義藤は服部保長の方を向く。

「保長」

「はっ」

「我らが別所を侮り慢心しているように話している様子を、農民に扮している別所の手の者にたっぷりと聞かせてやれ」

「承知しました」

「鵜飼孫六はいるか」

本陣の外で本陣を警護している甲賀衆鵜飼家の頭領である鵜飼孫六を呼ぶ。

本陣の外に控えていた甲賀衆鵜飼孫六が素早く本陣に姿を見せる。

「お呼びでございますか」

「今夜、別所就治が手勢を率いて我らに夜襲をかけて来る。別所就治が軍勢を率いて三木城を出たら、鵜飼孫六は甲賀衆を率いて三木城を乗っ取れ。乗っ取る事が無理なら火を放ち三木城を燃やせ」

「承知しました。お任せください」

「さて、しっかりともてなしてやらねばならん。支度を急ぐとするか」


ーーーーー


別所就治は、軍勢を率いて居城である三木城を出陣した。

雲間からは月が時々顔を覗かせる。

微かな月明かりの照らす夜道。

子供の頃から慣れ親しんだ東播磨の地である。

街道は勿論、集落の位置・川の位置・山道・獣道に至るまで知り尽くしている。

全てを知り尽くした土地での戦い。

地の利は自分たちにあると考えていた。

そんな東播磨の中を自らの手勢とともに夜道を駆け抜けていく。

やがて、幕府軍を見張らせていた家臣と合流する。

「幕府軍はどうしている」

「はっ、周辺集落から酒を集め、夕刻から酒盛りをしております。かなりの量を飲んでいるせいなのか、離れていても風に乗って酒の匂いが流れてくるほどでございます」

家臣からの報告に思わず笑みを浮かべる別所就治。

「ほぉ〜、それほどか。確かに、微かに酒の匂いが風に乗ってここまで届いているな」

「さらに、幕府側の足軽達が我らを軽んじているのが分かるほどに、我らを舐めた話を声高にしておりました」

「間も無く、我らを舐め切っていたことを後悔させてやろう。幕府側は動きが無いのだな」

「いまだに動きはございません。酒を飲みすぎたのか見張りの足軽まで眠りこけているのが見えます」

「良かろう。ならば、これより幕府の連中に一泡吹かせてやるぞ。準備は良いか」

別所就治は周囲を固める重臣達を見渡す。

皆無言で頷く。

「行くぞ」

小声で呟くと軍勢は一斉に動き出す。

物音を立てないようにゆっくりと幕府軍の陣幕に近づいていく。

静まり返る幕府の陣営。

なぜか見張りの姿は無く、不必要なほど数多くの篝火だけが燃えている。

「見張りがいない。眠りこけているはずの見張りの姿がないぞ」

別所就治は思わず呟く。

「どこにも見当たりません」

別所家の重臣達が周辺を見渡すが見張りは見当たらない。

「かまわん。ここまで来たらもはや行くだけだ。行け」

皆、不思議に思いながらも陣幕の奥へと一気に雪崩れ込んでいく。

しかし、陣幕の奥には誰も居なかった。

そこには空になった酒樽と猛烈な酒の匂い。

「殿。地面の土から酒の匂いがいたします」

よく見ると晴れているのにあたり一面の地面が濡れている。

「まさか、この広い範囲全てに酒を撒いたのか・・これは一体・・」

軍勢の後方から凄まじいまでの轟音がした。

「この音は、まさか火縄銃!」

1発の火縄銃の銃声を合図に次から次に火縄銃の射撃音が響き渡り、火縄銃による攻撃は止む事が無い。

暗闇の中から放たれる火縄銃の攻撃に別所勢は血を流し次々に倒れていく。

敵は暗闇の中、別所勢は大量の篝火で照らされている。

「謀られたのか・・」

別所就治はしばらく呆然としていた。

「殿。しっかりなさいませ」

家臣の声に我に返る。

「殿。このままでは戦う事無く全滅します。ご指示を」

「我らは誘い込まれた。嵌められたのだ。我らは敵の用意した罠にまんまと誘い込まれてしまった」

悔しさを滲ませる別所就治。

「殿。このままでは危険です」

「分かっている。これより囲みを食い破り、三木城に戻る。ついて参れ」

別所就治は手勢を引き連れ、囲みの弱そうなところに突撃して行った。

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