第40話 噂は大きくなる
椎茸の群生地に向かう途中で猪を火縄銃で仕留め,京の街に意気揚々と帰ってきたら,とんでもない噂が広がっていた。
将軍の御所である室町第に入ると一斉に幕臣達が寄ってくる。
「上様」
六角定頼が嬉しそうな笑顔でやって来る。
「定頼。どうした。これは一体・・」
「猪を仕留められたと聞きました」
「たまたまにすぎん。すでに撃ち取った猪はここに運ばせた。ここに居たのであれば見たであろう」
「上様が猪を仕留められたことで,京の街中ではすでに噂で持ちきりですぞ」
「たかが猪で大袈裟ではないか」
「何を言われます。人間を遥かに超えて,通常の3倍以上の二十尺(体長約6m)もの大きさの猪なんぞ。並の男では仕留めることはできませんぞ。さすがは上様でございます」
「待て,何の話だ・・・その噂話をもう少し詳しく教えてくれ」
将軍足利義藤は戸惑いながらも噂話の説明を求めた。
「京の街に流れております噂話でございますが,上様が森の中を進んでいると人間よりも遥かに大きく,通常の3倍近い二十尺の大きさの猪と遭遇して戦いとなりました。上様は自らの武威を天下に示すために,たった一人で巨大な猪に立ち向かっていき,太刀を振るい長時間に及ぶ戦いとなりましたが,血みどろの戦いの末に巨大猪を討ち取ったと聞いております。噂好きの者達が多い京の街中では,その話で持ちきりですぞ」
周囲の幕臣達は,六角定頼の説明を笑顔で聞いていた。
将軍足利義藤は,呆れた顔をする。
「人間よりも遥かに大きく,通常の3倍の二十尺の猪なんぞいないだろう。そんな化け物猪は,どこの世界の話をしているのだ。そもそもここに運ばせた猪は,少し大きな姿程度ではないか,普通の猪と大して違わんぞ」
「ハハハハ・・上様。人の噂はそんなものです。人から人へと話が伝わるうちに大袈裟になっていくのです。手のひらに乗る小魚が噂を重ねるうちに鯨になり,小さな蛇が噂を重ねるうちに竜になってしまう。噂とはそんなものです」
「それでも話を盛り過ぎだ」
「皆明るい話を求めているのです。誰も困らずに上様の武威を世間に知らせることができる。良き噂話ではありませぬか。もしもこれが武芸者なら,次々に挑戦者が現れて鬱陶しいですが,将軍である上様に剣術の戦いを挑む馬鹿はおりませぬ」
「そんな根も葉も無い噂話。儂が困る。噂好きの公家衆と会うたびにこの話を聞かれるぞ。その度に説明しなければならん。面倒なことこの上ない。噂好きの公家衆が明日にでも押し寄せてくるぞ。そもそも噂が広がるのが早いではないか・・もしや,この噂話・・定頼,お主の仕業か」
将軍足利義藤が疑惑の目を向けるが,六角定頼は涼しい顔をしている。
「ハハハハ・・何の話しでしょう。噂話はどこからでも自然に湧いて参ります。根も葉も無い話であれば気にする必要はありませんぞ。上様は堂々として居られれば問題ございません。公家衆なんぞは笑い飛ばして煙に巻けばよろしいでしょう」
「ハァ〜,もはや手遅れであろう。好きにしろ」
「上様が討ち取られた猪は解体を進めております。さっそく鍋といたしますか」
しばらくすると幕臣達に猪鍋が振る舞われるのであった。
ーーーーー
将軍足利義藤は,再び椎茸の出来具合を見に森の奥深くに来ていた。
前回来てから約1月半ほど経過している。
「さて,どうなっているか」
義藤は,あまり期待しすぎないように自分に言い聞かせ進んでいく。
この時代,どうやって茸が増えていくのかについて分かっていない時代。
義藤は思いつきであっても試して,上手くいけば儲けもの程度の考えであった。
上手くいけば椎茸の増産が見込め,幕府の財政にその分余裕が出てくることではあるが,椎茸ばかりにかまけている訳にはいかない。
乱世を終わらせるためにやるべきことは山積みだ。
「上様。上手くいっているといいですな」
「藤孝。あまり期待することもあるまい。自然のなす事だ。上手くいってもいかなくてもありのまま受け入れるしかないだろう」
「それはそうですが」
「少しでも余計にできていたら儲けもの程度に考えておけば良かろう」
一行は草木をかき分けながら森の中を進む。
やがて,椎茸の群生地に入った。
「上様。椎茸が生えております。丸太に椎茸が生えておりますぞ」
細川藤孝の喜ぶ声がした。
丸太をよく見ると多くの椎茸が生えている。
大きく成長したもの,まだ小ぶりなもの,数多くの椎茸が姿を見せていた。
急いで設置した全ての丸太を調べる。
50本中32本に椎茸が生えていた。
丸太に傷をつけた部分により多く生えている。
以前来た時には50本中4本であったことと比較すれば大変な成果だ。
「ここまで多く収穫できるとは,予想もしなかったな」
「上様。丸太を増やしましょう」
「良かろう。藤孝。あと50本の丸太を増やそう。だが,椎茸がどうやって増えているか分かっていない以上は,できるだけ森の状態を変化させないことが重要だ。それと根こそぎ取らぬようにして大きなものから順に収穫していこう」
義藤の指示を受けた者達は,慎重に椎茸の収穫をしていく。
小さなものは残し,大きく成長しているものを収穫していた。
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