第39話 椎茸畑

秋も深まり多くの作物が収穫される季節である。

里では黄金色に染まった田んぼでは刈り入れの真っ最中であった。

村々の赤松の根元では多くの松茸がその顔をのぞかせ,人々は見慣れた光景のためか松茸をそのままにして農作業に勤しんでいる。

将軍足利義藤は自ら椎茸の自生している森に入ってみることにした。

試しに置いてみた丸太がどうなっているのか,この目で見てみたいからである。

近習や警護そして忍びの者達と共に道なき森の中を進んで行く。

森の木々の多くは色を変えている。

赤や黄色の葉を見ながら秋の深まりを感じながら森の中を進む。

時々,人に驚いて飛び立つ鳥に驚かされる。

念のため火縄銃も何挺かいつでも撃てるように準備をしていた。

「上様。お待ちください」

服部保長の言葉に全員が動きを止める。

「前方にどうやら猪が隠れているようです」

服部保長の指示で火縄銃を持っているもの達の数人が前に出てくる。

火縄銃を構えて待機する。

「待て。保長。儂に火縄銃を貸してくれ」

「上様自ら狩りをされるのですか」

「火縄銃で試してみたい」

将軍足利義藤は,火縄銃の扱いは慣れていた。

ただ,戦で自ら使うことは無く,あくまでも訓練をある程度しただけである。

義藤が火縄銃を受け取ると,全員が慎重にゆっくりと進む。

前方に少し開けた場所が見えてくるとそこに猪が1頭いた。

義藤は火縄銃を構え,猪に狙いを定める。

猪がこちらに気がつき一気に突進してきた。

義藤は慌てることなく冷静に火縄銃の引き金を引く。

火縄銃から轟音と炎が吐き出される。

猪は鉛の玉に眉間を撃ち抜かれその場に倒れていた。

「上様。お見事でございます」

「今夜は猪鍋だな」

義藤は嬉しそうに呟く。

「上様。いつの間にそれほどの腕前になられたのです」

「日頃の鍛錬のお陰だな」

この時代,表向きは肉食に関する忌避感が強いことなっているが,その裏では結構食されていることが多い。

特に狩猟で得た肉であれば問題ないとしてよく食されていた。

ただ,農耕で使う家畜に関しては食べることに強い忌避感はあったようであるが,南蛮人達がくるようになり徐々に牛も食べられ始めている。

思いもよらぬ形であるが,将軍自ら狩りをしたことで一行は高揚感に包まれていた。

義藤自身も思わぬ形で狩りができたことでかなり満足している。

「戻ったら皆で肉を分けよう。かなり大きな猪だぞ」

義藤の撃ち取った猪はかなりの巨体で普通より一回り以上大きな姿をしていた。

猪の足を縛り木の棒を通して数人がかりで運んでいく。

猪が運ばれていく様子を見送りながら,一行はさらに奥へと進んんでいく。

室町第へと運ばれる猪は,京の街中で多くの人々に目撃され,それを将軍自らが撃ち取ったと聞いた人々が大いに驚いた。

それが噂が噂を呼び話が誇張され,人間を遥かに超える巨大な猪と若き将軍様が遭遇。

若き将軍様が単独で血みどろの戦いのすえに巨大猪を討ち取ったという話になり,その噂話が京の街にドンドン広がっていくことになるのである。

義藤がその噂話のことを知るのは後日となる。

一行が慎重に進んでいくとようやく椎茸の自生地に到着した。

森に自生している木にはすでに椎茸が生えているのがみて取れる。

所々には,人が置いたことがわかる太さ3尺程度の丸太が置かれていた。

「まず,丸太の状況を調べよ」

義藤の指示を受けて,設置された丸太の状況を調べる。

しばらくして,細川藤孝が戻ってきた。

「藤孝。どうであった」

「はっ。50本の丸太を置きましたが椎茸が生えた丸太は4本ございました」

「4本もあったか,その丸太を見たい。どれだ」

「こちらへ」

細川義藤の後をついて行き丸太の様子を見て回る。

「う〜ん。椎茸が生えているものとそうでないものの違いは何であろうな」

「この藤孝にはさっぱり分かりませぬ」

「椎茸がどうやって生えるのかわからんから仕方ない面もあるか」

義藤はしばらく動き回りながら丸太を見て回っていた。

「椎茸が多く生えているのは丸太の傷の部分のようだ」

「上様。丸太の傷でございますか」

「見てみよ」

義藤が指し示す場所を見ると丸太に鉈などで付いた傷がある。

その部分に多くの椎茸が生えている。

他の丸太を見るとやはり傷のある部分に多くの椎茸が生え,傷の無いものはほぼ生えていないように見えた。

「原因はわからんが丸太に傷をつけた方が生えやすいのかも知れん。それと椎茸の生えている立木のすぐ近くに置いてあるものに多いな」

「ならば置いた丸太に傷をつけておきましょうか」

細川藤孝の言葉にしばらく考え込む。

「そうだな。ものは試しだ。何もしなければ変わらん。試しに全ての丸太に鉈で傷をつけて,椎茸の生えている立木のすぐ横に置いて様子を見よう」

「承知しました」

一行は丸太にいくつもの傷を入れて,椎茸の生えている立木に寄せておく。

「上様。椎茸は如何いたしますか」

「ここから少し離れた場所のものを少し収穫して帰ろう。この丸太に関しては1ヶ月ほど様子を見ることにする。

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