第38話 思い付き

天文16年7月(1547年)

夕餉を取りながら明日の政の事を考えていた。

長年,京の街を舞台に繰り広げられていた延暦寺と法華宗の争いに,ここらで決着をつけたいと考えていた。

夕餉を食べながら一人考え込んでいる。

夕餉には,乾物の椎茸を水で戻したものを使った煮付けが用意されていた。

箸で椎茸の煮付けを摘んだ時,ふと椎茸を育てられないかと考え,しばらくの間端に摘んだ椎茸を見つめていた。

「上様。どうされました」

「藤孝。椎茸を畑の作物のように育てられんものか」

「椎茸は,畑では取れません。椎茸は木々から生えてきます。それに,そもそも種がございません」

「種が無い?」

「はい。作物は何らかの形で種を作ります。人はそれを使い畑で増やしていきます。しかし椎茸に限らす茸などは,なぜか種がございません」

「種が無いならどうやって増えるのだ。一度収穫したら二度と取れないではないか。種が無いのに取り続けていたら二度と生えてこなくなり,日本中から茸が無くなっているのではないか」

「ですが,種を見たと言うものがおりません。あれば,皆栽培しております。村々の赤松には松茸が多くなりますが,松茸の種を見たものはおりません」

この時代は,松茸はごくありふれた茸であり,特に珍しくもない茸であった。

「ウ〜ン!」

将軍足利義藤は,椎茸を口に頬張り椎茸を食べながら考え込んでいる。

将軍家で管理している森の中にある椎茸の群生地。

クヌギやミズナラの木が多く茂っている。

「ならば,クヌギやミズナラの丸太を我らの管理している椎茸の群生地に置いてみるか」

「はたして丸太を置けばできるのでしょうか」

「分からん。だがやってみるしかないだろう。椎茸が生えている木の丸太であれば可能性はあるかもしれん。放っておけば今以上には増えん」

「それもそうですね。承知しました。明日にでも手配いたしましょう」


ーーーーー


長年の懸案の一つであり,京や畿内の政情を不安定にさせていた問題が解決しようとしていたことで,天文5年から続く天文法華の乱である。

天文法華の乱のきっかけは問答であり,延暦寺の僧侶が一条烏丸での説法で法華宗(日蓮宗)を批判。

そこに通りかかった上総国の法華宗の信徒が,それを聞き問答を仕掛け延暦寺の僧を問答で打ち破ったことである。

このあと対立がエスカレートしていく中,六角定頼らが調停に動くが,問答で敗れ面子を失ったと考えている延暦寺は承知せず,調停は成立しなかった。

延暦寺は法華宗に上納金を納め延暦寺の末寺になるように要求するがこれを拒否したのだ。

やがて延暦寺は法華宗の殲滅を決断。

他宗にも協力を要請したが,他宗は中立を決め込んで僧兵を出すことはなかった。

その為,延暦寺の僧兵と信徒を合わせ3万に六角家3万が加わり,京の洛中洛外の法華宗の寺院21ヶ所を焼き払った。

これ以降,幕府はこれ以上の騒乱の続発をさせないため,京での法華宗の布教を禁止していた。

将軍足利義藤は,この天文法華の乱を収拾するための方策を幕府内で協議していた。

将軍足利義藤は,これをきっかけに宗教勢力の押さえ込みを考えていた。

石山本願寺は恭順の姿勢を見せている。

畿内で残るのは,天文法華の乱を引き起こした延暦寺と法華宗。

天文法華の乱の収拾を通じて,両者を押さえ込み,可能なら武力を削りたいと考えていた

「定頼」

将軍足利義藤は,六角定頼の名を呼ぶ。

「はっ」

「法華宗と延暦寺の戦いは解決できるのか」

「双方の意見を聞いているところでございます」

「延暦寺は何と言っているのだ」

「延暦寺からは,法華宗に対して毎年延暦寺に祭礼費として1000貫文を支払い,法華宗は延暦寺の末寺となれと言っております」

「それで,法華宗は何と言っている」

「延暦寺の末寺は認められないと言っております」

「まあ,そう言うだろう。法華宗からしたら絶対にそんなことは認めんだろう。延暦寺は欲張りすぎだ」

生まれ変わる前は,将軍家と幕府に力がないため六角定頼が調停役となり,天文法華の乱を治めたのだったな。

「上様。如何いたします」

「ここで収めなければこの戦いは何十年と続き,双方の恨みの念はより深く強くなっていき,さらに大きな戦乱となり多くのものが死ぬことになる。下手をすればこの京の街が再び丸焼けになるぞ。それゆえ,ここで終わらせる必要がある。延暦寺には法華宗の末寺化は諦めさせろ。法華宗には延暦寺に末寺化はさせない代わりに祭礼費を支払うようにさせよ」

「承知いたしました」

「それと延暦寺と法華宗に言っておいてもらいたいことがある」

「どのようなことでしょう」

「延暦寺は問答で負けたのなら問答で戦うべきだろう。それを武力で訴えるなど呆れるばかり。さらに双方ともに己の面子ばかりにこだわり,京の街で戦を行い街を焼きはらい無関係のものたちを多数巻き込んだ。双方ともに御仏に使える者達でありながら,我らに一体どれだけの面倒をかけるのだ。今後それ相応の協力をせよと言っておけ」

「相応の協力でございますか」

「そうだ相応のだ」

「具体的に言われなくともよろしいので」

「具体的に言ってしまったら,向こうがそれを行えばそれで終わってしまう。これから先,双方に幕府の力を行使していくためには,相手に考えさせる必要がある。自分たちの置かれている立場についてだ。既に石山本願寺は儂に協力的だぞ」

「なるほど,承知いたしました」

「それと,ただ単に将軍である儂が仲裁しただけでは面白くないな。どうせなら,双方の度肝を抜くような事をしてやらんとな」

「双方の度肝を抜くような事とは,何かお考えがお有りで」

「ちょっとした贈り物だ。きっと泣いて喜ぶぞ」

将軍足利義藤は,少し意地の悪い笑みを浮かべる。

六角定頼は,その笑顔を見て少し不安を覚えた。

「贈り物ですか・・一体何を」

「干し椎茸を双方に2貫目づつ送ってやろう」

将軍足利義藤の言葉に六角定頼ほか幕臣達は驚いた。

市中にはほとんど出回らない干し椎茸。

大名達や高位の公家であっても簡単には手に入らない品。

「干し椎茸を贈られるのですか,それも2貫目づつですか・・干し椎茸1貫目で最低1000貫文以上いたしますぞ。よろしいのですか」

重さ1貫目は約3、75kg。

1文100円とすると1000貫文で1億円。

「かまわん。それぐらい贈ってやれば我らの力と財力を嫌でも知ることになるだろう。既に用意させてある」

「承知いたしました」

後日,幕府の示した条件で双方が納得し,長年の宗教戦争が終息して法華宗の寺院が再建されることになる。

そして,将軍足利義藤からの贈り物にかなり驚くこととなり,法華宗・延暦寺ともに幕府に従うことを表明してきた。

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