第37話 西美濃三人衆
天文16年3月下旬(1547年)
美濃国席田郡にも春の気配が近づいてきて、桜の花が色づき始めていた。
そんな春の始まりの頃に、
三人の中では、安藤守就が年長者で44歳。稲葉良道は32歳。桑原直元は35歳になる。
皆働き盛りの年代で、領地も近く気の合う三人であった。
春の気配に包まれる北方城に従者を連れた一人の男がやってきた。
六角家の重臣である蒲生定秀であった。
蒲生定秀は、従者3名と共に北方城の広間に案内される。
蒲生定秀は従者を広間に入ったところに座らせ、自らは三人の前に進み座った。
「蒲生定秀と申します」
三人を代表して安藤守就が言葉を交わす。
「安藤守就と申す。此度、我ら三人に話があると聞いたが、はっきり言っておく。我らは六角に仕えるつもりはないぞ」
蒲生氏郷は怒ることもなく穏やかな笑みを浮かべている。
「この蒲生定秀。六角定頼様に仕えておりますが、此度は違う話にございます」
「待たれよ。六角定頼殿は隠居され、義賢殿が家督を継いでいるのであろう。貴殿が仕えているのは六角義賢殿ではないのか」
「名目上では,定頼様は隠居されておりますが、六角家の実権は定頼様にございます」
三人はその言葉を聞き少し驚いた表情をする。
「六角定頼殿はいまだにそれほどの力を持っているのか。だが、将軍家に反意を見せたことので、3郡を将軍家に差し出し定頼殿は隠居。人質同然の扱いで京にいると聞いたが」
「主である定頼様は、上様に真の武家の頭領となる片鱗を見て、それを見届けるために上様の懐に飛び込んだのでございます」
「武家の頭領の片鱗だと」
「定頼様がこう申しております。長らく我ら武家が待ち望んだ真の武家の頭領が誕生する。腑抜けた公家のような将軍では無く、牙を持つ武家の頭領である将軍が誕生すると」
「それが将軍足利義藤様と言われるのか」
安藤守就の言葉に蒲生定秀はゆっくりと頷く。
「既に定頼様は上様の知恵袋の如き役割を果たされ始めております」
「我らに何を望んでいるのだ」
「皆様、上様の直臣になりませぬか」
「将軍家に仕えろ言われるのか。我らは美濃国の一領主に過ぎん。土岐家の者でも無く、名門でもなんでも無い。そんな我らが上様の直臣になれるのか」
「上様からはぜひ三人には仕えて欲しいとお考えです。そして,上様は美濃国の現状と将来を憂えておられます」
「憂えているとは」
「終わらぬ乱世の世でありながら、土岐家は何代にも渡り権力争いを繰り広げ、その度に戦を起こし領民を苦しめている。その結果、斎藤利政という奸物に守護代家を乗っ取られ、美濃国までも乗っ取られようとしていると言われおいでです」
「まだ美濃国が乗っ取られた訳では無いぞ。美濃国守護は土岐頼芸殿が居られる」
「ならば、土岐頼純殿はどうなのです。斎藤利政に敵対した者たちの多くが、謎の死を遂げております」
「全てが斎藤利政殿の仕業では無いだろう」
「ならば、いくつかは心当たりがあるということですな」
蒲生定秀の指摘に言葉に詰まる三人。
「・・・・・」
「上様は、このままいけば土岐頼芸殿も危ないと考えておられます」
「流石にそれは」
「無いと何故言えるのです。6年前、土岐頼芸殿の弟である頼満殿を斎藤利政に毒殺されたはずではありませんか。そして、今回の頼純殿。これで頼芸殿が安全と言えるのですか」
「そ・それは」
「そろそろ皆様を含めた美濃国衆に対して、斎藤利政から土岐家では無く斎藤利政に仕えろと言われ始めていませんか。相手によっては直接言わずに圧迫していくこともやりそうですな」
蒲生定秀の言葉に心当たりのある三人。
直接的に仕えろとは言われていないが、事あるごとに遠回しに示唆されてきていた。
「今年の年賀の挨拶も、土岐家では無く斎藤家に来るように言われませんでしたか」
「どうしてそれを」
「多くの国衆が土岐家では無く、斎藤家・斎藤利政へ挨拶に向かったそうですな。人の口に戸は立てられません。それに,噂は千里を走るとも申します。京の都にまで噂が流れてきていますぞ」
「だが・・」
「時が来るまでは、将軍家に仕えることは秘密にしておけば良いのですよ。それまでは,のらりくらりと曖昧に交わしていくのです」
「時が来るまでとは」
「斎藤利政が大桑城を攻めるときです。もしくはそのための準備を始める・軍勢を集め始めたときです。その時になれば上様は動かれます」
「上様が動かれるのか」
「畿内は既に上様の直轄領であり、石山本願寺の一揆勢も上様に従っております。軍勢も精鋭揃い」
三人に迷いの表情が見て取れる。
「あ〜、忘れておりました。上様から皆様に贈り物がございます」
蒲生定秀の従者が背負子の荷物を持って前に出てくる。
蒲生定秀は、3本の刀を取り出してそれぞれに渡す。
「上様が皆様のために,刀工宗近の流れを汲む三条流の刀工につくらせた名刀にございます。どうぞお納めください。それとこれを上様より預かっております」
三人の前、それぞれに頑丈そうな木箱を差し出す。
縦が約三尺三寸(約40センチ),横は約五寸弱(約14、5センチ),深さが約四寸強(約12、3センチ)の木箱であった。
「どうぞ,開けて中身をお確かめください」
三人は促されるまま木箱の蓋を開ける。
そこにはぎっしりと銀色に輝く小判があった。
銀色の小判である1両銀銭であった。
「これは」
「幕府で作り始めている新しい銀の銭。銀銭1両1枚で銭1貫文の価値がございます」
「銀銭」
「それぞれ500両ございます」
「500両。つまり銅銭500貫文分」
銅銭1貫文は銅銭1000文であり,時代により価値が大きく変わるが,1文100円とすると銀銭500両は5000万円相当。
「上様からの贈り物にございます。好きなようにお使いいただいて構いません」
「いいのか」
「はい。全て差し上げろとのお言葉にございます。この銀銭は畿内や近江の商人たちも使い始めております」
「商人たちも使っているのか」
「銅銭を大量に持ち運ぶのも大変でございますから」
「惜しげもなく。これほどのものを出すとは」
「一昔前とは違います。義藤様が将軍になられて,畿内は将軍家の直轄領となり,生野銀山を手に入れ,畿内の塩を幕府専売としましたから将軍家と幕府の財政は潤沢です」
「分かった。上様に従おう。二人はどうする」
「安藤殿が将軍家に従うなら,儂も将軍家に従おう」
稲葉良道の安藤とともに将軍家に従うとの言葉に桑原直元も同意した。
「儂も将軍家に従おう」
「承知いたしました。上様も必ずや喜ばれましょう」
蒲生定秀は西美濃三人衆が将軍家に従うとの起請文を持って六角定頼の下へと帰っていった。
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