第34話 蝮の高笑い(1)

証如との会談を終えた将軍足利義藤は,畿内における内政に取り組み,さらに財政の充実に努めていた。

摂津国の塩田でおける塩の生産も順調にできており,さらに幕府による畿内の塩の専売化により,塩による収益も順調に伸びている。

さらに各地の米の売買と生野銀山からの収益も加わり,財政はかなり充実した状況となってきていた。

財政の充実を受けて将軍直属の龍騎衆の増員にも着手しているところである。

そんな忙しい毎日を過ごしていた天文15年9月。

「上様」

「藤孝。どうした」

「美濃国守護である土岐頼芸ときよりのり様より,美濃国守護を退き隠居し,土岐頼芸殿の兄・土岐頼武殿の嫡男である土岐頼純殿に美濃国守護を譲るとの申し出が届いております」

「なぜだ」

「はっ,元々美濃国守護である土岐家は跡目争いが絶えない家でございます」

「跡目争いか」

美濃国は土岐家が代々守護となっている。

だが,土岐家は後継をめぐり紛争の絶えない家であった。

頼芸の父である政房も弟と争い土岐家の家督を継いでいる。

頼芸の祖父が兄よりも弟を溺愛したためであった。

そして,頼芸の父である土岐政房は兄である土岐頼武よりも,弟の頼芸に土岐家を継がせようとしていたため,後継をめぐり戦いが何度も起こっていた。

土岐頼武には越前国の朝倉孝景。

土岐頼芸には尾張国の織田信秀と近江国の六角定頼。

兄弟で守護の座をめぐり近隣の勢力を引き込み,戦いが繰り返され守護が何度か変わっている。

そして土岐頼武は享禄3年(1530年)に越前国で死去する。

土岐頼武が死去してからは,土岐頼武の嫡男である土岐頼純が美濃守護を奪還すべく,朝倉孝景の後押しを受けていた。

「近年は,常に周辺の守護大名たちの力を借りて跡目争いをしております。土岐頼芸殿は近江国の六角定頼殿と尾張国の織田信秀殿。土岐頼純殿は越前国朝倉孝景殿。此度は朝倉孝景殿と織田信秀殿の和睦の結果として,土岐頼純殿が美濃国守護に就くことになったようです」

「土岐家は愚かなことをする。身内で争いを繰り返していけば,どんどん土岐家そのものが衰退していく。気がつけが下剋上の危機に晒され,土岐家が終わることになるぞ」

「如何いたします」

「認めるしかなかろう。現美濃国守護である土岐頼芸がそれで良いと言っているのだ。幕府が介入する根拠があるまい。申し出を認めると伝え,書状を送っておけ」

「承知いたしました」

細川藤孝に美濃国守護交代を認めることを伝えた将軍足利義藤は,花の御所と呼ばれる室町第の庭を見ながら考え込んでいた。

自分が生まれ変わる前の記憶では,確か土岐頼純は守護となって1年ほどで病死したはず。

その時は,きな臭い噂が流れていた。

守護代の斎藤利政(後の斎藤道三)に殺されたとの噂である。

美濃国守護代である斎藤利政そのものが胡散臭い人物で,土岐家や守護代家関係者で多くの者たちが斎藤利政に毒殺されたと噂が流れていた。

そして再び土岐頼芸が守護に返り咲くが,やがて斎藤利政に美濃国の全ての国衆を掌握され,そして,土岐頼芸は美濃から永久に追放される。

その結果,美濃国は斎藤利政の支配する国となり,名門土岐家が終わる。

出来たらこれ以上,美濃国での騒乱は起こらぬようにしたいが,今すぐに美濃国に幕府が介入する大義名分が無い。

将軍足利義藤としては大義名分が無い以上,しばらくは静観するしかないため,伊賀衆・甲賀衆を使い監視するしかない状況であった。 


ーーーーー


美濃国稲葉山城

守護代斎藤利政は,数年前に大改修を終えた自慢の稲葉山城にいた。

部屋には明智光安がいる。

明智光安は,斎藤利政の側室である小見の方の実の兄であり,明智光秀の叔父であり,まだ幼い光秀の後見人でもある。

「利政殿。土岐頼純殿はあれで良かったのか。美濃国守護としてしまったら後戻りはできんぞ。後日必ず我らの隙をついて攻めて来るはずだ。どうするのだ」

明智光安の心配をよそに,上機嫌で悠然と肘掛けに体を預けている。

「フフフ・・奴に何が出来る。今まで朝倉家でただ飯を食ってきただけだ。朝倉の後ろ盾がなければ何もできん。自ら国を動かしたこともなければ,自ら軍勢を集め動かした事も無い。朝倉のお膳立てで動いてきただけだ。戦で自ら命を張ったこともない。そんな奴は何もできん。土岐頼武・頼芸たちは,共に危うくなれば逃げることばかりで命を張ったこともない。そんな土岐頼武の倅である土岐頼純に何ができる。親が逃げるだけで命を張ったことがなければ,その倅も同じことだ。恐るに足りん」

「だが,そうは言いながら利政殿は,現実に美濃守護にすることを同意したではないか」

「同意は時間稼ぎにすぎん。これは単なる時間稼ぎだ」

「時間稼ぎだと」

「あのまま放っておけば美濃国内に朝倉が居座る口実になる。ならば,その旗印を取り上げて仕舞えば朝倉は引き下がるしかなかろう」

「旗印・・・つまり土岐頼純殿の身柄か」

「そうだ。美濃国守護を餌にすれば土岐頼純は喜んで飛び付くだろう」

「だが,土岐頼芸殿が良く引き下がったな。あの御仁は美濃国守護を渡すなど絶対に認めぬだろう。よく認めさせたな」

「しばらく我慢すれば,すぐに守護に戻れると言いふくめてある」

「すぐに守護に戻れるだと・・」

明智光安は,斎藤利政の言葉に怪訝な表情をする。

「クククク・・人の寿命は誰にも分からん。どんなに元気であっても,ある日突如死ぬことはよくあることだ」

「ある日突然だと!」

「そうだ。誰もいつ死ぬかは分からん。そうであろう」

斎藤利政は,その顔に微かに笑いを浮かべる。

「そ・・それはそうだが,利政殿。お主まさか・・」

「この世は乱世の世だ。最後に生き残ったものが尊いのだ。どんなに名門だの,守護だのと誇っても死んでしまえば終わりだ。だが,最後に笑うのは儂だ」

斎藤利政の鋭く厳しい目を見た明智光安は,喉がカラカラに乾いていくような思いがした。

「尾張の織田信秀との和睦もできた。近々儂の娘である帰蝶を信秀の嫡男である信長殿に嫁がせる。そうなれば美濃国の南部は安泰。美濃国と尾張国の国境が安定すれば,その分警戒もしなくてもよくなる」

「そうなれば,六角と朝倉が手を組んだとしても追い払うことができますな」

「そうであろう。そうなれば頼芸も不要になる。美濃国は我らのものとなる事が決まったも同じだ」

稲葉山城に斎藤利政の高笑いが響いていた。

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