第33話 義藤と証如

将軍家の御所である室町第に一人の人物が将軍足利義藤を訪ねてやってきた。

その人物は、浄土真宗第10世宗主の証如しょうにょであった。

各地の大名たちを恐れさせ、大名によっては領内での布教を禁止するところさえある宗派のトップである。

各地の大名たちを恐れさせている宗派の宗主が将軍の御所にやってきた。

室町第にいる幕臣たちは、これから何が起こるのか分からず皆緊張感に包まれている。

そんな幕臣たちの案内に従い証如は堂々とした姿勢で御所の中を進み、将軍と幕臣たちの待つ広間へと向かっていく。

広間には奥中央の上座に将軍足利義藤が座り、広間の左右には幕臣達が座っている。

誰も何も話さずに黙ったままこれから始まる会談のことを考えていた。

この場にいる多くの幕臣たちは、事の成り行きによっては数万もの一揆と幕府の戦いが起こるかもしれないと考えている。

証如は、緊迫した空気となっている広間に入るとゆっくりと中央まで進み座った。

同時に広間の緊張感がより一層高まっていき、この場にいる全ての者たちの表情が自然とこわばっていく。

「石山本願寺より参りました浄土真宗第10世宗主証如と申します」

「将軍足利義藤である。よくぞ参られた」

「本日は上様にお会いできて光栄に存じます」

「それで、今日はいかなる事で参られたのか」

「上様、そして幕府の方々には色々と不信感をお持ちかと存じ、本日は我らの立場をご説明に参りました」

「立場であるか」

「はい、上様は我らの一揆を心配されておられるかと思いますが、そのようなつもりはございません。我らは政に関わるつもりもございません」

「それは一揆はせぬと言うことで良いのか」

「領民たちが笑顔で暮らせるならば、それは不要でございましょう」

「笑顔で暮らせるならか!」

「はい、加賀の富樫殿が行ったような事が起きれば、どんなに我らや幕府が押さえようとしても押さえる事はできません。領民も生きている人でございます。虫や獣犬畜生ではございません」

応仁の乱が起きた頃、加賀守護富樫家の中では守護の座をめぐり戦いが繰り広げられており、戦いを有利に進めようと一向一揆を利用した挙句、戦費を賄うためになんと8割を超える年貢を領民に課したのである。

その結果、多くの領民が飢えて、多くの領民が村を捨て棄民となり、その結果守護である富樫家に対して一揆を起こすしか道が残されていなかった。

そして、激しい一揆の末、富樫家は加賀守護を事実上失い名前だけの守護となり、加賀国は一揆が支配する国となったのである。

その時から約50年近い長い歳月が流れていた。

「儂は富樫家のような真似はするつもりは無い。一揆を起こさせるようなことをするつもりも無い。儂は皆の暮らし向きを第一に考えておる。領民の生活が安定しなければ、この世は成り立たぬ」

「それは、上様の行なっていらっしゃる政策を見ればよくわかります。上様は、直属の常備軍龍騎衆を整備され京の街の安定化を図りながら、その人員を使い街道整備・新田開発・塩田開発を実行されています。その結果、作物も多く作られるようになり、塩田開発では貧しい者たちに仕事を与え、それにより多くの者たちに笑顔が戻りました。私は昔を思い返すたびに後悔しているのです」

「後悔とは?」

「昔、細川晴元殿の言葉に乗せられ手を貸したため、一揆が多くの罪も無い人々を死なせ、人々の生活の糧を奪い暴走しました。いくら私がやめろと言っても止まらず、戦いを続け略奪を繰り返し、結果多くの信徒が死にました。二度とあのようなことはしたくありません」

証如の脳裏に当時のことが思い出されていた。

一揆の略奪で関係のない村々の田畑の作物が根こそぎ奪われ、何も残っていない田畑。

破壊され、焼かれ、廃墟となった村々。

「細川晴元が家臣の三好元長を葬るために一揆を利用した件であるな」

細川晴元の家臣で三好長慶の父である三好元長は、次々に武功を上げ細川晴元の家中で勢力を急速に広げていた。

そんな三好元長に対して危機感を覚えた細川晴元は、法華宗と対立していた山科本願寺を利用することを思いつく。

三好元長が法華宗を庇護していたためだ。

細川晴元は言葉巧みにそこを突き宗教対立を煽り、法華宗を庇護する三好元長を討つことに利用したのである。

だが、三好元長を討ち取った後、数万の一揆勢が暴走し畿内を暴れ回ることになる。

細川晴元たちは、暴走する数万もの一揆を自力で鎮圧できなかった。

その結果、細川晴元と六角定頼らは対立する宗派の手を借りることでやっと鎮圧したのだ。

この後、浄土真宗は拠点を石山本願寺に移して移転してくる事になった。

「細川晴元殿にとって目障りな家臣を葬ることに、我らは利用されてしまいました。その事が分かった時は後悔しました。もう、武家の政に関わることはやめておこうと」

「納得しなものたちも多いのではないか」

「この証如は、上様と戦をするつもりはございません。ですが、それも良しとしない者たちも多くいることも事実でございます」

「もし、証如殿の話しを聞かずに一揆を起こす者たちがいたらどうされる。一揆が起きれば何があろうと、どれほどの犠牲が出ようとも、我らは一揆を完全に鎮圧せねばならん」

証如は少し寂しそうな表情をする。

「もしも私の話を聞かずに一揆を起こすのなら・・その者たちを破門いたします」

「分かった。証如殿の覚悟は承知した。儂は1日も早く戦乱の世を終わらせたいと考えている。人が人を殺す世を早く終わらせたい。腰の刀が無用の長物になることを目指している」

「上様は武家。その武家の頭領が腰の刀を無用の長物にする世を目指すのですか」

将軍足利義藤の言葉に証如は驚く。

「その通りだ」

「逆に大名たちが言うことを聞かぬのではありませぬか」

「圧倒的な力で反対する者たちを倒さねばならんだろう。一時は武家で多くの血が流れる事は覚悟している」

「そのお歳で覚悟されているのですか」

証如は将軍足利義藤が、まだ童で通用する年齢で覚悟を決めていることに驚愕する。

「乱世を終わらせる。そのための第一歩として、畿内の平和と安定を考えている。足元が乱れていればそれどころではないからな。その畿内で同じ仏の道の志す者たちが、宗派が違うからと戦う事は終わりにしてほしい。武器をとっての戦いはやめて欲しいのだ。儂も戦乱の世を無くすため努力する。だから、仏門に生きる者たちも歩み寄る努力をしてくれ。我が足元である畿内で戦が収まらなければ乱世の世を終わらせるなど夢のまた夢」

「乱世の世を終わらせるために、歩み寄る努力でございますか・・・」

証如はしばらく目を瞑り考え込む。

「そうだ。努力だ。妥協できる点を見つけ少しづつ歩み寄る努力だ」

「確約はできません。今は、ただ単に努力致しますとしか言えませぬ」

「それでかまわん。そっちも色んな考えの者たちがいるだろう。急には聞き入れんかもしれん。だが、乱世の世は地獄だ。あの世の極楽を夢見ることもいいが、今の世を極楽にせねば誰も救えんだろう。儂が領民たちが笑って暮らせる世にする。だから、少しづつ歩み寄れ。儂も手を貸そう」

「そこまでおっしゃるのでしたら、上様の言葉を受け入れましょう」

二人の会談の場にいた幕臣たちは、一揆との戦いが起きないことに安堵したのであった。

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