第32話 塩対応

摂津国の海沿いに大規模な塩田を作る作業が始まった。

盛土で平らにして海水が漏れないように粘土を厚く敷き詰めていく。

粘土は三〜四寸(約10センチ前後)の厚さにする。

粘土が乾いて固まったら目の細かい砂を入れる。

これで塩田の準備が終わる。

いよいよ塩を作り始めるのだが、ここに海水を撒きながら入れて、天日と風の力で水分を飛ばしていく。

水分が飛んだら塩の付着した砂を専用木箱に集め、そこに海水を流し込み、砂を濾して塩分の濃い水を取り出す。

この塩分の濃い水を窯で水分がなくなるまで煮込むと塩が取れる。

この作業を天気の良い季節などに繰り返して行うことで大量の塩を得るのだ。

大規模な塩田と同時にそれを管理するための役所を作っていく。

役所と言いながら見た目は完全に戦のための砦だ。

しっかりとした柵を周囲に巡らし櫓もある。

ついでに当初の予定に無い深い空堀まで作ってしまった。

気を利かせた家臣たちが作ってしまったようだ。

一応は塩田管理の役所であるから、それらしい建物と塩を保管する倉庫は当然ある。

将軍足利義藤は、近習の者たちと警護の龍騎衆を引き連れて塩田と塩田狩りの役所の視察に来ていた。そして、その出来栄えを見て満足気に頷いていた。

「塩田管理の役所は見事な出来栄えだ」

「上様。これは役所に見えませぬ。どこが役所なのですか」

「藤孝。何を言っている。中央にある建物は塩を管理する役人が詰めいて、塩の出来具合を管理する。奥の建物は塩を一時的に保管しておく倉庫だ。それ以外に見えないであろう」

将軍足利義藤は自信満々に答えている。

「それではあの櫓は一体。戦のための備えと言いがかりをつけられますぞ」

「あれか、塩田は海に沿って作られているのは分かるな」

「はい」

「海は波や天候が変わりやすい。高波が襲ってきたら海沿いは危険だ、あれはそれを監視するためのものだ」

「高波ですか・・数年に一度あるかどうか、滅多に無いと思いますが・・・それでは、柵と堀は」

「塩を盗みに来る盗賊対策に決まっているでは無いか」

「上様。これはここだけでしょうか」

「あと10ヶ所は作ろうと考えている」

細川藤孝は思わずため息をつく。

「そんなに作ったら、本願寺が挑発行為と言い出しかねませんぞ」

「藤孝。本願寺は摂津国守護なのか」

「いいえ、違いますが」

「摂津国は誰の領地だ」

「上様にございます」

「儂が自分の領地で領民のために仕事を作り出して、しっかり他よりも良い給金を払っている。他からとやかく言われる筋合いはないぞ。いつ儂が本願寺に戦を仕掛けているというのだ。儂がやっていることなんだ」

「塩田とそれを管理するための建物を作られております」

「そうだ。これは砦では無い。似ているがこれは決して砦などではない。これを砦などという奴はどうかしている。もしもそのようなことを抜かして文句を言ってくる輩には、はっきりと言ってやれ、ここは砦では無いと」

「相手が逆上するのが目に浮かびます」

「そんな奴には・・」

「そんな奴には・?」

「お前の目は節穴だと、言ってやれ。その二つの目は節穴だとな」

「ますます相手は怒るかと」

「もし、さらに怒ったら・・」

「・・怒ったら・?」

「そいつに向かってここで取れた摂津国特産の塩を撒いてやれ。いっそのこと大量に投げつけてやれ」

「上様。それはもはや侮辱と受け取られます」

「何を言っている。豊な摂津の海からできた清めの塩を撒いてやるのだ。きっと相手も煩悩を捨て清らかになるであろう。もしそれでダメなら、もはや救いようが無いから閻魔様に任せるしか無いだろう」

細川藤孝は思わずため息をつくが、他の近習の者たちは笑いを堪えていた。


ーーーーー


摂津国東成郡にある石山本願寺。

小高い丘の上にあり、さらに堀や土塁に囲まれていて、堀や土塁の内側には町まで有している。

堀・塀・土塁まで作られ、武装を固めた要害の如き寺であり、その姿はもはや城と言ってもいい状態であった。

本願寺の内部では激論が交わされていた。

幕府派と反幕府派、そして中立派で対立が激化しているためだ。

お互いに引くということを忘れてしまったかのように、声を荒げて時には怒号をあげて話しは進んでいく。

「あのような大規模な砦をいくつも作るなど、我らに対する挑発行為。許すべきでは無い」

「あれは塩田と塩田を管理するための役所だ」

「あれのどこが役所だ。どこからどう見ても砦にしか見えんだろう」

「幕府側はそう言い続けている。実際、出来上がった塩はあそこに集められて管理されている」

「そんなことは我らを騙す奸計に決まっている」

「だが、我らは何も不利益を被っていない以上、幕府相手に戦う訳にはいかん」

「何を弱気なことを言っている。舐められたら終わりであろう」

「そっちこそ何を馬鹿なことを言っているのだ。我らは何も不利益を受けていないぞ。なんの落ち度も無い相手を攻めるなどありえん。そもそも摂津国守護は将軍様だ。将軍様が摂津国で塩田と塩田管理の施設を作ることを止める権利は我らには無い。将軍様が塩田を作られ多くの領民が生活する糧を得ることができたのだぞ」

「そんなものは、我らを騙す奸計と言っているではないか。貴様らは騙されている」

「そっちこそ、何を馬鹿なことを言っているのだ」

「それならいっその事、塩田を奪い我らのものにして仕舞えばいい、そして塩田で働く領民は今まで通り働いて貰えばいい」

「どこをどうすれば、そんな暴論になるのだ。それはもはや盗人の理屈だ」

激論はおさまることは無く、声を荒げてながらますます激しくなっていく。

そこに一人の人物が入ってくる。

浄土真宗第10世宗主証如しょうにょであった。

「何を先ほどから騒いでいるのだ」

「証如様。このものたちが、将軍様が作られた塩田と塩田管理の施設を、我らへの挑発だと騒いでいるのです」

「あのようなものは塩田と関係ございません。どこから見ても砦ではありませぬか。あれは我らへの当て付け、挑発以外の何物でもありません」

証如は大きなため息をつく。

「お前たち、挑発だの当て付けだの、何を言っているのだ。お前たちは武家なのか、我らは仏門に生きる者。挑発だの当て付けなど、そんなことは武家の理屈。そもそも上様の作られた塩田で誰が困っているのだ。皆働き口ができて喜んでいるではないか」

「ですが今のうちにあれを叩いてしまうべきです」

「儂は上様と戦うつもりは無いぞ。それどころか上様とは親しくありたいと考えている」

「しかし・・」

「お前たちはそんなに上様と朝廷相手に戦いたいのか、すぐさま幕府御敵・朝敵に認定されてしまうぞ。そうなれば他宗の者たちから終生笑われることになるぞ。幕府御敵・朝敵にされて、その後に取り消されても、幕府御敵・朝敵に認定された事実は終生残ることになる」

「・・・・・」

「もう一度言う。儂は上様とは戦わん。それどころか上様とは親しくありたい。これが全てだ。この先上様相手に敵対行為はしてはならん。良いな。もはや結論はでた。解散せよ」

納得できない者たちは不満げに動こうとしない。

「結論は出たと申したはず。早々に解散せよ。この話しは終わりだ!」

証如の強い口調に激論を戦わせていた僧たちは渋々解散して行った。

やがて周囲に誰もいなくなる。

「やれやれ、上様は困った御方だ。わざと挑発されたのだろうが、それに簡単に乗せられてしまう者たちは、仏門に生きるものとして精進が足りんな。やはり、上様には一度お会いしておく必要があるな」

証如は一人呟くのであった。


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