第31話 直属軍
職人達が丹精込めて‘’富貴福沢‘’銀銭の量産化を始めた頃、将軍の近衛軍とも言える直属軍を作る準備も始まっていた。
銭雇いで将軍の直属軍ということで、山城国だけで無く畿内一円や美濃国などからも志願者が集まって来ていた。
守護や守護代など大名に連なる傍流の縁者や国衆の末っ子などで、家督を継ぐ資格の無いもの達は、伝手を頼って多く志願してきている。
幕府奉公衆の中にもそういったもの達が多いためだろうか、その伝手を頼ってやって来るもの達が多くいた。
故郷でやることもなく燻っているより、出世の機会が得られるかもしれないと考えるものたちが次々にやってくる。
御所の近くにある寺の境内を借りて、その広い境内で直属軍への志願者の受付をしているが、かなりの人数が並んでいる。
並んでいる者たちは、それぞれが聞いてきた情報を交換している。
「飯付で月々わずかならでも銭が支給されるぞ」
「住むところもあってタダで貸してくれるそうだ」
「やることもなく、兄貴の下働きばかりやらされ田舎で燻っているより、ここに入れてもらった方がマシだ」
「そうだ。田舎にいても家は継げない。いいようにこき使われて一生飼い殺しだ」
「将軍山城の戦いで活躍した無役の者たちが、いきなり1万石以上も与えられたそうだ」
「その話は俺も聞いたぞ。俺も手柄を上げて知行地をもらって大名に!」
「まだ、採用されるか分からんだろう」
「俺は遠い縁戚のものが幕府に奉公しているからその伝手でどうにかなる」
「そいつは羨ましいな」
「俺は美濃から来たんだが、土岐家の傍流のさらに傍流だから伝手と言えるのか分からん」
「土岐は美濃守護様じゃ、傍流の傍流でも凄えよ。俺は規模の小さい国衆の末っ子だからそんな伝手なんて無いから羨ましい限りだ」
忍びである服部保長・鵜飼孫六・和田惟政達が、戦で活躍して1万石を越える知行地を得たことが噂話として流れており、新将軍の下で活躍できれば無名な自分も大名になれるかもしれないと夢を見ているのである。
このことが直属軍への応募者が殺到している大きな理由でもあった。
さらに食い物と寝床が保証され、わずかながら毎月銭が貰えるとのことで思いのほか好条件とのことで多くの志願者が来ていた。
既に5千人を少し上回るぐらいになっている。
その直属軍のための長屋も増産中で、京の街はちょっとした建設バブル状態になっていた。
当然、その支払いは幕府の作る‘’富貴福沢‘’銭を使う。
幕府が作り使う‘’富貴福沢‘’銭は、品質の良さを商人達も認め商人達も使い始めている。
特に、高額な取引では1貫文の取引で銅銭1000枚を持ち歩くことになるが、新しい銭であれば銀銭1両1枚で済むから銅銭と違い、かさばらずに便利であることも影響していた。
先に集まった志願者には長屋を割り振り、さっそく訓練を開始されている。
塚原卜伝の門弟たちからは、志願者たちに剣術の指導をつけていた。
槍の扱いは幕府の奉公衆達が交代で教えている。
火縄銃はまだしばらく教えることはせず、日頃の態度を見て使えそうなもの達に教えることにしていた。
京の街の郊外では既に採用された直属軍による訓練が続いていて、威勢の良い掛け声が鳴り響いている。
木刀を振るい、槍を使い、そして走る。
これを何度も何度も繰り返して鍛え上げていく。
どこの家であろうが、出身がどこであろうが関係無く、全員容赦なく鍛え上げられていく。
厳しい稽古にへたり込むものも出て来ている。
すると指導している者たちから容赦なく叱責の声がする。
「そんなことで上様をお守りする名誉ある直属軍が務まるのか!意地を見せてみろ」
「立て立て、戦場なら死んでいるぞ。戦場で生きて帰りたいならしっかりしろ」
「あと一振りの意地を見せろ。それが生死の境目だぞ」
「戦場で死にたく無いなら意地を見せろ。そんなことでは、戦いで簡単に死んでしまうぞ。死にたく無いなら意地を見せろ意地を」
特に、塚原卜伝の門弟たちからの厳しい声が聞こえてくる。
さらに直属軍の訓練の一環として、郊外の森を切り開き新しい田畑を作るための新田開発も行われていた。
森が切り開かれ、徐々に新しい田畑に変わって行く。
少し離れたところで、将軍足利義藤は六角定頼ら近習と共に訓練の様子を見ている。
「上様。驚きました。ここまで集まるとは!思いの外集まりましたな」
六角定頼は、将軍家の直属軍を募集したところ、あっという間に5千人が集まったことに驚いていた。
六角定頼自身はおそらく2千人程度であろうと考えていた。
しかし、蓋を開けてみれば予想の倍以上。
「儂もこれほど早く5千人も集まるとは、いささか驚いている。最初だから2千。よくても3千と考えていたが、これほど早く5千も集まるとは信じられん」
将軍足利義輝は、想定を上回る状況に嬉しそうに目を細める。
「これはやはり将軍家の御威光の賜物。上様の武威と名声も加わればもっと増えるのではありませぬか」
六角定頼は、将軍家の肩書にはやはりまだまだ力があり、新将軍足利義藤の武威を合わせれば希望者はまだまだ増えるのではないかと考えていた。
「忍びであっても大名になれたのだ。皆その噂話を聞いて、自分たちもと考えているのであろう。故郷で燻っているよりはマシだと思っているのだ。来るものはどんどん入れて行くつもりだ。最初から集めすぎても大変ではあるが、その分手伝い普請をさせておけば、集めた軍勢を無駄にすることも無い。いつでも何か事あれば、儂の手足の如くすぐに使える軍勢が多くあるということは助かる」
「新田開発などの普請をさせるおつもりで」
「人数が増えれば、週のうち何日かは交代で普請作業をさせることを考えている」
「なるほど、無駄にせずに済むということですな。その分、作物の増産にも繋がりますな」
「それに直属軍が常にいれば、京の街の治安も維持でき、馬鹿な考えをするもの達はそうそう出ないだろう」
「なるほど」
ひと昔前のように将軍を守る直属軍そのものが無い状態であれば、将軍に圧力をかけるために軍勢がやって来ても抵抗する手段が無い。
そうなれば必然的に将軍は逃げることしかない。
将軍の直属軍がいれば、昔のように畿内を彷徨い逃げる必要もなくなる。
「父である大御所様が将軍の時代は、何か事あれば逃げるしか手段がなかった。そのため、将軍が畿内を彷徨い逃げることとなっていた。直属軍ができ将軍たる儂が逃げる必要がなければ、京の街に住む者たちは安心であろう。将軍がいるということが安全に繋がる。儂が逃げる事態であれば何が起きるか分からず、皆が不安になるであろう」
「どこであっても、領民には安全で平和であることが第一でございます」
「平和でなければ安心して生活できん。平和であれば安心して商いができ、作物も盗まれることもなくなる。京の街で戦が起きれば乱取りで領民は悲惨なことになる。将軍の直属軍でそのようなことを防ぐことができる」
「上様。直属軍の呼び名はいかがいたします。常備兵であれば何らかの呼び名があった方がわかりやすいでしょう」
「儂の直属の軍勢は、龍が天空を勢いよく駆け巡るように、戦場でも敵無しで駆け巡ると言う意味を込め、龍騎衆と呼ぼうかと考えている」
「龍騎衆ですか。それはなかなか勇ましき名でございますな。上様の直属軍に相応しき名。その名を聞いただけで敵が逃げ出すでしょう」
「その名に恥じぬように鍛え上げて行かねばならん」
嬉しそうに呟く将軍足利義藤であった。
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