第30話 京銀座

将軍家の彫金を行う後藤家。

初代後藤祐乗が第8代将軍足利義政に側近として仕えたのが始まりで、類まれな彫金の才能があることが分かると、彫金を生業として将軍家に仕えることになったのである。

刀装具の小柄・笄・目貫などを主に製作している。

今の後藤家当主は、3代目後藤吉久。大御所足利義晴の時代から将軍家に仕え、彫金だけでなく政務においても活躍している実務派である。

将軍足利義藤は、その将軍家の彫金を預かる後藤家を呼び出していた。

義藤の目の前に三十ぐらいに見える実直そうな一人の男がいる。

「上様。後藤四郎兵衛吉久、お呼びとのことで参りました」

後藤家の当主は代々通称を四郎兵衛と名乗っていた。

「吉久。よく来てくれた。吉久の腕を見込んでやってもらいたい事がある」

「はっ、承知いたしました。どのような刀装具とうそうぐでございましょうか」

「いや、刀装具では無い」

「刀装具では無いとは一体・・」

後藤吉久は不思議そうな表情を浮かべる。

自分の腕を見込んでと言われたため刀装具と思い込んでいたのだ。

「銭だ」

「銭・・銭とは一体」

「永楽通宝は分かるな」

「はい。明国の銅銭でございます」

「その永楽通宝などの銅銭を明国から買い付け、日本国内で物の売り買いに使っている。おかしいと思わんか」

「上様。おかしいとは・・」

「なんで、わざわざ銭を買うのだ。この日本には金・銀・銅が取れる。そして後藤家の持つ精巧な彫金の技術もある。条件は全て揃っている」

「もしや永楽通宝を作れと」

「明国の銭をわざわざ作ってどうするのだ。ここは日本だ」

「では何を作るのです」

「幕府で独自の銭を作ることになった。銀を使った銀銭を作る。その製作を後藤家に任せたい」

「銀銭でございますか」

「そうだ。銭の名称は‘’富貴福沢ふうきふたく‘’とする」

「富貴福沢」

「銀を使い1枚で銅銭1貫文分の価値となるようにしたい。それとその1割ほどの価値のものも作ってもらう。面に銭の名を入れ、表と裏に偽造防止の紋様を入れたものを作ってくれ。まずは試作品を作り、問題なければ職人達を集めて本格的な製作を開始する。製作が軌道に乗ったら銅銭の製作を行う」

「銀銭、銅銭でございますか・・初めてのことでございます」

「精巧な彫金技術を持つ後藤家でなければできない仕事だ。これは、将軍家がさらに力をつけて蘇るために必要なことなのだ。吉久。儂に力を貸してくれ」

将軍足利義藤は、家臣である後藤吉久に頭を下げた。

「上様。そのような真似はおやめ下さい。後藤四郎兵衛吉久は上様の家臣にございます。頭をお上げください。頭を下げずに一言作れとお命じくさい」

「吉久」

「上様のご命令であれば喜んでさせていただきます。この吉久にお任せください」

「やってくれるか」

「はっ、ご期待に添えるようにいたします。さっそく戻り、家中の者達といくつか試作品を作りたいと思いますので、しばらくお時間をいただきたく存じます」

「分かった。試作品が出来上がったら教えてくれ。期待しているぞ」

「承知いたしました」

後藤吉久は急ぎ帰って行った。



後藤吉久が試作品作りに取り掛かり約1ヶ月近く経ったある日。

試作品がいくつか出来上がったとの報告が足利義藤に入った。

将軍足利義藤は、すぐに試作品の見聞をすることにして後藤吉久を呼んだ。

将軍足利義藤の前には三宝が二つあった。

三宝の上には白い和紙が敷かれ、その上に銀色に輝く銀銭が乗っている。

一つは1両銀銭。

もう一方は1分銀銭である。

差し込んでくる陽の光を受けて銀色の銭が輝いて見えている。

「吉久。これが試作品か」

「はっ、銭として使う以上は大量に生産しなくてはいけません。大量生産でなく一品物であればかなり凝った作りでも良いですが、大量生産であればそのようなことをしていたら間に合いません。簡単な紋様であり尚且つ偽造防止の紋様ということで家中の者達で思案して、試作を繰り返して作り上げた物です。上様の向かって左にございます三宝に乗っていますものが1両銀銭にございます」

「二種類乗っているな」

「楕円の俵に近い形の物と円形の二種類を作りました。どちらも面に‘’富貴福沢‘’と名を入れ、そのすぐ上に将軍家の丸に二つ引きの紋様を入れ、周囲に波の紋様を入れております。裏面には波紋様のみとしてございます」

「儂の右側にあるのは1分銀銭ということだな」

「こちらは四角と円形の二種類になります。紋様は1両銀銭と同じになります」

「なるほど、どれも見事な作りだ。さすがは後藤家だ」

「ありがとうございます。どちらにするかは上様に決めていただきたいと思います」

将軍足利義藤は三宝に乗った銀銭をひとつひとつ手に取る。

ひとつひとつの銀銭を表裏共に何度も裏返して見て、手触りを確かめていた。

その後、三宝に銀銭を置きしばらく思案していた。

「1両銀銭は楕円の俵形。1分銀銭は四角の物を使うこととする」

「承知いたしました」

「吉久」

「はっ」

「まず制作できる職人を至急育成せよ。準備出来しだい直ちに製作に入れ、生野銀山からは銀がどんどん送られてくるぞ。ぐずぐずしていると銀がどんどん蔵に溜まっていくぞ」

「分かりました」

「それと、職人など関係者の不正には注意を払え、製作が始まったら不正を見張る役目のものを製作場に常駐させる」

「承知いたしました。職人達にはしっかりと言い聞かせ、我らもしっかりと見はります」

「それで良い。至急製作に取り掛かってくれ」

「はっ、直ちに」

後藤吉久は銀銭製作のために将軍家が作った銭製作場に向かうのであった。

そしてそこは銀銭製作場であることから銀座と人々が呼ぶようになった。

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