第27話 夜久野ヶ原(やくのがはら) 

「定頼。但馬国で山名祐豊と太田垣輝延が戦を始めただと」

将軍足利義藤は将軍の御所である室町第の一室で、六角定頼からの報告を受けていた。

「上様。山名祐豊殿は、昔大御所様が将軍であらせられた頃に何度か上洛してきたことがございます。その時に何度か会ったことがございますから、手前の家臣を山名殿の下に送りました。生野銀山を将軍家に譲り、将軍家の後ろ盾を受けるべきであり、上様の後ろ盾を受ければ但馬守護としての立場は強まると書状を送りました。その後突如、生野銀山のある朝来郡の太田垣殿を攻め出したようです。これが、太田垣殿からの救援を願う書状にございます」

「なぜ、太田垣殿を攻め出したのだ」

将軍足利義藤は、大田垣輝延からの書状を開いて読んでいた。

「おそらく、太田垣殿が幕府と手を組んで生野銀山を奪い取ると思い込んだのでしょう。まさに疑心暗鬼に駆られた結果。上様の後ろ盾を得れば色々と上手くいくにも関わらず、このような暴挙に出たのです。太田垣殿を救わねばなりません」

六角定頼は済ました顔で意見を述べる。

将軍足利義藤は、少し呆れ顔になる。

「定頼。何か仕掛けたのか」

「いえいえ、仕掛けたなど滅相も無い。ですが、これはまたと無い機会でございます」

六角定頼は、何も知らぬと言わんばかりに否定するが、これは絶好の機会だと言い始める。

将軍足利義藤は、六角定頼が山名と太田垣に何か仕掛けたのだろうと思ったが、これ以上言っても何も言わないだろうと思い、ため息をつきながらもあえてこれ以上言うことはやめた。

「元常」

将軍足利義藤は丹波守護代を任せている細川元常の名を呼ぶ。

「はっ」

「丹波勢と山城勢合わせて1万を率いて太田垣殿の支援に入れ、火縄銃の使用も許可する。さらに、伊賀衆・甲賀衆を付けてやる」

「承知いたしました。これより直ちに向かいます」

細川元常は急いで部屋を出ていった。

「服部保長・鵜飼孫六」

「「はっ」」

「伊賀衆・甲賀衆を向かわせ情報を集めて、細川元常の支援をせよ」

「「承知いたしました」」


ーーーーー


丹波守護代を預かる細川元常は、軍勢1万を率いて但馬国朝来郡の太田垣輝延の支援に向かっていた。

その細川元常に伊賀衆から但馬国に関する報告が入る。

「報告を聞こう」

「はっ、山名祐豊は、田結庄たいのしょう氏とともに太田垣殿の居城竹田城を3千で包囲しております。但馬国国衆で山名四天王と呼ばれる垣屋氏、八木氏らは我らの進軍を阻むために、夜久野ヶ原に5千の軍勢で待ち構えております」

「太田垣殿はまだ持ち応えているのだな」

「はっ、少ない手勢ながら必死に籠城しております」

「分かった。まずは夜久野ヶ原の敵を打ち破らねばならん。間もなくだな。但馬国衆はあくまでも我らの邪魔をするか、ならば蹴散らすのみ」

「父上。敵は5千ですか、垣屋・八木にしては集めた方ではありませんか」

細川藤孝が思ったままを口にする。

「無理やりかき集めたのであろう。そのような烏合の衆では我らの敵では無い」


細川元常率いる1万は、夜久野ヶ原に着くとすぐさま火縄銃を前面に出して構える。

国境にある夜久野ヶ原はなだらかな高原地帯で、田倉山の噴火によってできた高原である。

しばらくすると但馬国国衆達が声を上げながら攻め寄せてくる。

「まだ撃つな。しっかり引きつけろ」

敵の槍を持った足軽達が半町の距離を切った。

「撃て〜!」

細川元常の声が響き渡ると、火縄銃が一斉に火を吹いた。

夜久野ヶ原に響き渡る火縄銃の轟音。

但馬国国衆の最前列の者達が一斉に倒れた。

何が起きたのか分からずに戸惑う但馬国の足軽達。

但馬の足軽や武将達は、凄まじい音がした思ったら味方が次々に倒れていく様子に狼狽えてしまう。

弓で放たれる矢と違い火縄銃で放たれる鉛の玉は、目で追うことができないため、なぜ倒れるのか分からなかった。

続けて火縄銃の攻撃が始まる。

細川元常は、火縄銃の攻撃をしながら自軍を少しづつ前進させていく。

止むことの無い火縄銃の攻撃に、敵が攻め込むこともできずに呆然としていても、攻撃の手を緩めることなく火縄銃を撃ち続ける。

戦場には火薬の匂いと血の匂いが漂う。

火縄銃の音を初めて聞く馬は暴れ出して、足軽達が怯える馬をなだめようとするが怯えを押さえることもできずに馬が逃げ出していく。

馬だけでなく、足軽達も火縄銃に怯え始めた。

まともな反撃もできないままの但馬国衆は、いよいよ全軍が総崩れになり、足軽が逃げ出し始める。

「槍隊前に・・行け〜」

細川元常の指示で槍を持った足軽達が槍前面に出して突進していく。

総崩れのところに槍を持った軍勢に突進され、但馬勢はもはや戦いどころではなくなり、垣屋氏・八木氏の軍勢は大混乱状態となる。

「行け行け、敵に容赦するな」

細川元常の檄に応えるように、元常の率いている軍勢たちの振るう槍が、次々に敵を打ち倒していく。

垣屋氏・八木氏はこれ以上の戦いは無理と見て大将を守りながら退却を始めた。

「追うな!深い追いはするな。我らの目的は太田垣殿の支援だ。無駄な戦をする必要はない」

細川元常は深追いをして無駄な戦をさせないために、指示を出して無理な追撃戦をやめさせ、太田垣氏の居城竹田城へと急ぐことにした。

夜久野ヶ原野に転がる骸はほとんど但馬国衆のものだけで、細川元常の軍勢に死者はわずかであった。

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