第26話 暗躍

但馬国此隅山城

但馬国守護である山名祐豊やまなすけとよは不機嫌極まりない顔をしていた。

「六角定頼の奴め、将軍家に生野銀山を献上しろだと」

六角定頼から山名祐豊宛の書状を床に投げ捨てる。

「銀山を手にして、これからと言う時にそんな真似ができるか。寝ぼけたことを言いおって」

山名氏は凋落を続けていて、国内の国衆や家臣である山名四天王と呼ばれる重臣達の力が強まり、山名祐豊が支配していると言えるのは但馬国のごく一部。

力をつけてきた国衆からは、単なる名目上の守護扱いされていた。

つまり飾り物扱いである。

そんな中で天文11年(1542年)に生野銀山が発見され、山名氏が息を吹き返すきっかけとなっていた。

生野銀山は山名祐豊にとって手放すことのできないものとなっている。

産出される銀の富が山名祐豊の広範囲での軍事行動を可能にしていたからだ。

「ですが殿。将軍家は義藤様の代になり急速に力を取り戻してきております。細川晴元殿を討ち取り、細川京兆家の領地を没収して将軍家直轄領としました。さらに烏帽子親でありながら裏切った六角家を許す代わりに近江国3郡を将軍家直轄領としました」

「なぜ、儂が生野銀山を献上しなければならんのだ。できる訳が無いだろう」

「産出する銀の一部を将軍家に渡すことで手を打たれたらいかがでしょう」

「ありえん。生野銀山は全て儂のものだ」

「此度は六角殿からの書状ですから無視でもよろしいかも知れませぬが、上様からの正式な御内書が出されたらどうされるのです」

「ありえんと言っている」

「討伐の大義名分となりますぞ」

「畿内の兵など儂の相手にならん。残らず追い払ってくれる。生野銀山の銀があれば、但馬国の実権を取り戻し、因幡国・美作国、そして播磨国を手に入れることも可能になってくる」

山名祐豊は生野銀山の銀を使いもう一度但馬国の国衆を抑えこみ、美作国・因幡国・播磨国を手に入れることを考えていた。

そこに一人の家臣が慌てて走り込んできた。

「殿。一大事にございます」

「騒がしい。何事だ」

「これをご覧ください」

家臣が一枚の紙を見せる。

「何だと・そんな」

その紙には、生野銀山のある朝来郡を支配する太田垣輝延が、謀反を計画していることが書かれていた。

太田垣輝延が生野銀山を占拠。

幕府側の軍勢を招き入れて但馬国を占拠することが書かれており、その見返りに太田垣輝延を但馬国守護とすることが書かれていて、太田垣輝延の花押も入っている。

「これをどこで手に入れた」

「国境の街道で家臣達が怪しいそぶりの商人を見かけました。家臣達はその商人に尋問をしようとしましたら、慌ててそのまま丹波国へ逃げ出し、逃げた途中の街道にこの書状が落ちていたそうでございます」

「おのれ〜、このような汚い手で銀山を狙ってくるとは、銀山を渡してなるものか」

「殿。まずは急ぎ太田垣殿に確認を」

「不要だ。この花押と筆跡は間違いなく太田垣のものだ。問いただすための使者を出しても知らぬ存ぜぬで押し通すだろう。呼び出してもここに来ることは無いだろう。ならば軍勢を率いて直接問いただす。少しでもあやしければそのまま攻め潰してやる。軍勢を集めろ」

「承知いたしました」

此隅山城は戦支度を開始。慌ただしくなっていた。


ーーーーー


但馬国朝来郡を治める太田垣輝延は居城の竹田城にいた。

山頂にある竹田城は虎臥城こがじょうとも呼ばれ、それはまるで虎が大地に伏せているかのような姿から来ていた。

季節によっては麓を流れる川からの川霧が立ち込め、城が天空に浮かんでいるかのような幻想的な姿を見せることもある。

「お主が六角定頼殿の使いか」

「はっ、望月三郎と申します」

「書状には、山名家を離れ上様と手を組むべきと書いてあるが、儂に何の特があるのだ。得があるようには思えん」

「上様の後ろ盾があれば、少なくとも滅ぶ事は無いかと」

「クククク・・儂が滅ぶだと」

「はい」

「何を寝ぼけたことを言っている。儂は山名四天王とも呼ばれている一人だぞ。既に山名家は傀儡にも等しい。山名家といえども但馬国を動かすには、我ら国衆の顔色を窺うしかない存在だ。誰が儂を滅ぼすと言うのだ」

「ですが、生野銀山の存在が山名祐豊殿を強気にさせております。生野銀山から得られる富で軍備を整え力を誇示し始めているのではありませぬか」

望月三郎の言葉に思い当たるところがある太田垣輝延は考え込む。

最近になり山名祐豊が徐々に強気の態度を見せるようになっていた。

「多少は強気な態度も目に付くが・・」

ひと昔のように国衆の言動に気にかけるような姿がなりをひそめている。

昔なら国衆の言動を病的なほど気にしていた。

「人は変わるものでございます。持ちなれぬ富を手にすれば人によっては豹変するもの。静かなものは横暴に、良き人柄であったはずが粗暴に、人は簡単に変わります。そして、山名祐豊から見れば、山名四天王と呼ばれる存在は目障りになるのではありませんか」

「いかに山名祐豊が我らを疎ましく思っても手出しできまい」

「そのようなことを言っていると、ある日突如として問答無用で謀反の嫌疑をかけて攻め寄せて参りますぞ。野望に身を焦がすものは、こちらの話しを聞かぬものです。手遅れにならぬうちに考えておくことです」

「だが、将軍家も周辺大名達の力がなければ何もできまい。動くこともできんだろう」

「それは、はるか昔の話し。今の将軍家は強大な力を有しております。若き将軍である足利義藤様は、その類まれなる才覚で細川京兆家を撃ち倒し、丹羽国・山城国・摂津国・讃岐国・土佐国を直轄領とされ、近江六角家・若狭武田家・越前朝倉家が上様に従っております。これほどの相手に山名祐豊が勝てるとでも思いますか。上様が必要としているものは大義名分でございます」

「大義名分か」

「よくよくお考えくだされ。お心が決まりましたら上様に、急ぎならば六角定頼様かもしくは丹羽国守護代となっている細川元常様にお声かけください」

望月三郎はそれだけ話すと竹田城を後にした。


ーーーーー


山名祐豊は手勢を集めて3千の軍勢で竹田城に向かっていた。

進軍途中で夜になり野営となっている。

篝火を焚き、周辺の警戒のため見張りが立っている。

深夜遅く、そこに忍び寄る複数の影。

山名陣営の見張り達は緊張感も無く、とても眠そうにしている。

山名陣営の見張りは後ろから口を押さえ首を切られる。

声を発することもできず見張りの男が倒された。

その忍び寄ってきた男達は、焚き火や篝火を素早く消していく。

山名陣営は灯りもなく暗闇に包まれていく。

数名が山名陣営内に向かって弓を構えて矢を放つ。

同時にわざと声を上げる。

「敵襲〜敵襲だ。敵が入り込んでいるぞ」

火が消され真っ暗闇の中、仲間の悲鳴と敵襲の声に慌てた山名の軍勢が同士討ちを始めた。

男達は山名陣営の中に、わざといくつかの旗印を残し引き上げていった。


夜が明けると、夜襲を受けまともな反撃ができなかったことに、山名祐豊は怒り心頭であった。

「何と言う醜態だ」

「殿。敵が落としていったものかと思われます」

家臣がいくつもの旗印を持ってきた。

山名祐豊はその旗印を広げる。

「これは太田垣の家紋である木瓜ぼけの紋。クソッ・・太田垣の手の者か」

手にしていた旗印を地面に投げ捨てる。

「殿。太田垣の奴らは申し開きもせずに夜襲をかけてくるとは、これで太田垣の離反は確実」

「遠慮はいらん。太田垣の者たちは残らず撫で切りにしてくれる。被害を確認したら直ちに竹田城に向けて進軍する。用意せよ」

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