第25話 策士六角定頼
今朝も早くから剣術の稽古に励んでいる足利義藤。
周囲には塚原卜伝殿と門弟達が一緒に稽古に励んでいた。
近習の中では細川藤孝も一緒に稽古に励んでいる。
特別の作った道場の中で気合いのこもった声が響き、木刀の打ち合う音が響き渡っていた。
なぜか、六角定頼が毎日足繁く通ってくて、いつの間にか足利義藤の近習のような立ち位置になっていた。
一見好好爺のように見えて、時々鋭い視線で稽古を見ている。
稽古が終わり着替えて執務の部屋に向かうと和田惟政が待っていた。
「惟政。何かあったか」
「はっ・・・」
和田惟政は、六角定頼を見つけて話すことを躊躇っているようだ。
「惟政殿。儂は隠居ジジイじゃ。お主の主人は上様である。隠居ジジイの儂を気にする必要はない」
六角定頼は、和田惟政に自分のことは気にするなと言う。
もともと甲賀衆の多くは、六角と何らかの関わりを持つ。
当然、家によって繋がりの強弱・濃淡はある。
「惟政。気にせずの報告してかまわん」
「承知しました。数日前、細川氏綱殿が亡くなりました」
「何、細川氏綱が亡くなったのか」
「河内国で遊佐長教殿が与えた屋敷の中で、野盗に襲われ亡くなったそうでございます」
「野盗だと」
「はい、屋敷に詰めていた者は全て死に絶え、屋敷の中で多数の銭が散乱。野盗はその状態で火を掛けて逃げたようでございます。遊佐殿は野盗を探索しておるようですが、それらしきもの達は未だ見つかっていないとのこと」
「野盗は見つからずか、手掛かりもないのか」
「はっ・・・無いことも無いのですが・・・」
「どうした。はっきり申せ」
「実行犯は忍びかと思います」
「忍びだと、なぜだ」
「報告を受け、すぐに配下のものを向かわせ邸跡を検分。屋敷の作りと20名ほどのものがやられた状況を確認させました。さらに野盗の死体はどこにも無く、近隣にも無かったそうです。ならば、野盗側はほぼ無傷と見てよろしいかと。そして、いくつか・・我ら特有の手口がございました」
「我ら特有の手口か・・・甲賀ということだな」
畿内の忍びは、伊賀と甲賀になる。
伊賀衆の多くはすでに足利義藤との関係が強化されてきて何か動きがあればすぐに分かる。
ならば、甲賀ということになる。
甲賀の和田家・鵜飼家以外は六角に近い。
足利義藤は和田惟政が妙に言いにくそうにしている意味が分かった。
実行犯は六角の指示で動いた甲賀衆。
その指示を出すとしたら六角義賢はあり得ないだろう。
「定頼。お主の手の者か」
六角定頼はにこやかな笑顔を見せる。
「はて、何の話でしょう。この定頼には野盗や盗賊に知り合いはございません。甲賀衆も多くおります。里を離れ諸国で暮らすものも多数おります。もしも甲賀衆の手口と似ているなら、おそらく里を捨てて諸国に散ったもの達でしょう。流石にそこまでは分かりませぬ」
「なるほど・・謎の甲賀衆ということか」
「上様は余計なことに気を遣われる必要はございません。路傍の石が一つ消えたとお思いください。上様は自らの信じる道をお進みください。些末なことは他のものにお任せいただければ問題ございません。この六角定頼は粉骨砕身お仕えいたしますぞ」
「ハァ〜、何かするなら相談して欲しいものだ。細川氏綱はなぜ死んだのだ」
「おそらく欲をかきすぎたのではありませぬか」
「欲か」
「どうやら細川京兆家を廃絶されたのが面白く無かったようです。自分こそが細川京兆家の当主に相応しい。細川京兆家の領地は自分のものと思っていたようです。そんなことをあちらこちらで吹聴していたと聞き及んでおります。その話を野盗の手先にでも聞かれ、銭を持っていると思われたのではありませぬか」
「細川氏綱の件は分かった。これ以上は言うまい」
「ありがとうございます」
「ただし、次は何か動くときは必ず話してくれ」
「心得ております」
六角定頼は少し大袈裟に頭を下げた。
「それと、もしも義賢が上様に弓引く恐れがあれば、無理矢理にでも隠居させましょう」
「なるべくそのような事は起こってほしくは無いが、もしもその時が来れば前もって相談してくれ」
「承知いたしました」
ーーーーー
和田惟政からの報告が終わると細川元常・藤孝が入ってきた。
「上様。お呼びと聞き参りました」
「元常。火縄銃の生産は順調か」
「はっ、上様のご指示に従い鍛治職人も新たに雇い入れ、工程を細分化して秘密の漏洩を防ぐようにしているところです」
「できるだけ細分化して、一人の職人が全ての作りを知らぬようにせよ。そのようにしておけば数人引き抜かれても火縄銃はすぐには作れぬ」
「承知いたしました」
「それと、街道整備に着手せよ」
「街道整備でございますか」
「人と物の動きを活発にすることでさらに発展していく。そのためには、街道と水路の整備は重要だ。特に、元常に預けてある丹波国は重要だ。不測の事態が起こった場合、丹波国の軍勢を素早く呼ぶためにも街道整備は必要だ。今のままの街道では、軍勢を呼ぶことに時間がかかりすぎる」
「なるほど。ならばどの程度の広さにいたしますか」
「今は人一人または二人ぐらいの幅であろう。それを倍に広げよ」
「倍でございますか」
「本音を言えば3倍ほどにしたいが無理はできんであろう。その代わり倍の幅が絶対だ」
「承知いたしました。直ちに街道整備に着手いたします」
黙って話を聞いていた六角定頼が口を開く。
「上様」
「定頼。どうした」
「上様の天賦の才で多くの領地を手に入れ、上様の軍勢も整いつつあります。ですが、これからさらに銭がいるようになっていきます。新たな手立てが必要になってきましょう」
「それは分かっているが、今すぐに手立てが思いつかぬが、何か手立てはあるのか」
「すぐに銭が湧くわけではありませぬが、銭を得るためにはそれなりに準備がいるものです」
「そのための準備とはなんだ」
「幾つがございますがひとつは、生野銀山を手に入れるべきかと」
「生野銀山か・・但馬の山名が支配していたはずだな」
「将軍家のために産出される銀の半分を出させましょう。断れば幕府への叛逆として占拠すればよろしいでしょう」
「なかなか強引だな。それではさらに揉めるのではないか」
「そもそも応仁の乱が起こり戦乱の世となった一端は山名家にもございます」
応仁の乱は将軍家の家督争いに畠山家と斯波家の家督争いも加わり京都一帯を焼き払うほどの戦乱に発展。
西軍の大将が山名家の山名宗全であった。
「細川京兆家当主であり管領であった細川勝元と但馬守護山名家山名宗全の対立が将軍家の凋落の原因でございます。細川京兆家は上様が廃絶としました。もう一方の山名家もその責任を問い滅ぼしてもよろしいのではありませぬか」
「70年から80年ほど前ではないか。山名は知らぬとほざくであろう」
「ですがそれが原因で戦乱の世となったのは間違いございません」
「考えておこう。次の手は何だ」
「幕府が管理する交易湊を作られるべきかと」
「堺があるではないか」
「これから南蛮や明との交易が増えていくでしょう。今のままでは堺の一人勝ちになり、堺が莫大な富を溜め込みましょう。そうなれば、ますます堺衆は幕府の言うことを聞かなくなります」
「なるほど、だがどこに作るのだ」
「古の昔、平清盛公が摂津国福原にあった
「だが、越水城には三好長慶さらに摂津国には本願寺がいる」
「三好長慶は力をつけさせぬようにして取り込むしかございません。本願寺は上手くいくかどうかわかりませぬが、門跡を与える代わり二つ以上に分裂させるのはいかがでしょう。その上で京に広大な敷地を与え移動させる。あとは上様直属の軍勢を育成して湊の近くに城を築いて常駐させなどでしょうか」
「あとは何だ」
「あとひとつございます。生野銀山とつながるのですが、幕府で銭を作るのはいかがですか。そもそも、この日本で使う銭をなぜ明から買うのですか。この国からは銅・銀・金も産出します」
「幕府の手で作るか・・」
「はい、古の昔では朝廷が作っていたと聞きます。幕府が銭を作っても問題ないのではありませぬか。市井では勝手に銭を作っている輩もおります。幕府が作ればそんなものより余程信用がおける銭となるはず」
「なるほどな、確かに一考の余地はある」
「この老骨であってもお役に立てるならばいつでもお命じください」
六角定頼は、自分なりの献策に満足した表情をしていた。
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