第24話 暗躍するもの達

六角定頼が御所から屋敷に戻ると重臣の蒲生定秀と甲賀衆筆頭望月三郎が待っていた。

蒲生定秀は、六角定頼の表情がいつになく上機嫌であることに気がつく。

「殿。お早いお戻りで。随分と嬉しそうでございますな。何やら良きことでもございましたか」

「今朝、上様と塚原卜伝殿の稽古があり、その様子を我らも見せてもらえた」

「あの剣術で名高い塚原卜伝殿ですか」

「そうだ。塚原卜伝殿の高弟である弥四郎殿相手の打ち込み稽古であった」

「いきなり打ち込み稽古でございますか」

「その場で儂らが目にしたものが信じられないほどだ」

「それはいったい・何を見たのでございますか」

「上様の技量は、我らの予想よりもはるか上だ。弥四郎殿相手の打ち込み稽古における上様の打ち込みのあまりの鋭さに、あの塚原卜伝殿と高弟の弥四郎殿が驚きの表情をしていた。そして、塚原卜伝殿が鹿嶋新當流かしましんとうりゅうの全てを上様に伝授することを約束された」

「なんと・・本当でございますか」

六角定頼の言葉を聞き驚きを隠せなかった。

剣術家は大名などに剣術を教えても、軽々しく全てを伝授するなどとは言わない。

ほとんどがせいぜい形を整え、目録を与える程度。

「塚原卜伝殿は、いま鹿嶋新當流の全てを教える相手は、弥四郎殿と上様だけだとも言っておられた」

「それほどでございますか。まさしく天賦の才でございますな」

蒲生定秀は感嘆の声をあげる。

「武家の頭領が剣術の天才であることは、それだけで武威が上がるというものだ」

「将軍山城での戦いを見れば、軍略の才もございましょう」

「剣術と軍略の才か、素晴らしいことだ」

「ますます将軍家は安泰でございますな」

「それと、火縄銃の試射が行われた」

「火縄銃・・将軍山城の戦いで使われた南蛮の武器でございますね」

「そうだ。上様の剣術稽古の後に大御所様や幕臣たちの前で、火縄銃の威力を披露された。その火縄銃の威力はやはり驚くべきものだ。目にも止まらぬ速さで鉛の玉を飛ばし、甲冑を簡単に貫く。弓とは違い、目に見えぬから避けることもできん。上様の説明では、少し訓練すれば誰でも扱えるようだ」

「そんなに簡単に扱えるのですか」

「弓と違い、扱いが簡単と申していた。すでに上様は火縄銃の部隊を作り、上様直属の軍勢の整備にかかられている。火縄銃そのものも、上様が鍛治職人を直接雇い大量生産に入っているそうだ」

「ますます上様の力が強まりますな」

「この畿内では、今の所上様の雇っている職人以外に火縄銃を作れる職人はいない。このまま行くと畿内では上様の独壇場と化すであろう」

六角定頼は表情を引き締めて、あらためて二人を見る。

「それで、二人揃ってわざわざここに来たのは何事だ。世間話に来た訳ではあるまい。何か不測の事態でも起きたのか」

「細川氏綱殿から義賢様宛の書状の件にございます」

「調べがついたということか。三郎」

蒲生定秀の後ろに控えていた甲賀衆望月三郎が顔を上げる。

「書状はすでに燃やされておりましたが、近習のものからある程度の内容を聞き出しました」

「それでどの様な内容なのだ」

「まず、細川京兆家の廃絶及び所領没収の件と六角家の所領3郡の所領没収の件に関して、これを実行した将軍家に対する非難。つまりそれを主導した上様への非難。そして、これを撤回させるために共闘したいとの内容とのことです。ただし、どのような返事を出したのか、どの程度の共闘を考えているのかは不明にございます。この件は近習にも話しておらぬようです。おそらく誰にも相談されていない可能性がございます」

思わず顔を顰め、目を瞑り腕を組んで考え込んでしまう。

「危うい・・危ういな」

六角定頼の顔の皺がより一層増えたように見えた。

そして、蒲生英達の表情にも事態を憂えるような表情になっている。

「殿。一見平穏に見えますが、まさに綱わたりのごとき危うさ」

「定秀もそう見るか」

「上様の軍略の冴え、情報を操るお力。それらを考えれば危うい遊びに見えます。もしかしたら、義賢様と細川氏綱殿の極秘の書状のやり取りを、すでに上様に掴まれている恐れもございます。動きを掴まれた上で泳がされているかもしれませぬ」

「まるで、寝ている虎の周りで無邪気に遊ぶ童のようだな」

六角定頼は自らの言葉に思わず苦笑する。

「この場合、寝ている虎が上様で、童が義賢ではあるが」

「如何いたします」

「災いは未然に防がねばならんな。打つ手は早ければ早いほどいい。遅くなるほど降りかかる災難が大きくなり、取れる手段が無くなっていく」

その言葉に蒲生定秀が驚く。

「まさか義賢様を強制的に隠居・・ですか・・・」

「その前にやる事がある。それをやっても収まらなければ、義賢を強制的に隠居させる事も選択の一つとなろう」

「何を行うのです」

六角定頼は甲賀忍び望月三郎の方を向く。

その目は日頃見せる好好爺の眼ではなく、六角家最盛期を築き上げた戦国大名の目であり、目的の為に手段を選ばない非情さと凄みを感じさせるほどに鋭い。

「三郎」

「はっ」

「細川氏綱の居場所はわかっているか」

「わかっております」

「腕利の甲賀衆を動員せよ。細川氏綱を極秘のうちに消し去れ」

「首は必要でございますか」

「首はいらん。なるべくなら怪しまれぬ方法でやってもらいたいが、無理なら手段を選ばずに行え。確実に死んだことが確認できれば良い。ただし、証拠は残すな」

「承知いたしました」

「間違いなく確実に殺れ」

「はっ、我ら甲賀衆にお任せを。証拠も残さず確実に葬ってごらんに入れましょう」

「細川氏綱を消し去れば、義賢では何もできん。これで万事上手くいく」

六角定頼は再び普段の好好爺の如き表情に戻っていた。


ーーーーー


甲賀衆筆頭望月三郎は、密かに甲賀の精鋭とも言える忍び達を集め、細川氏綱を葬り去るための準備をしていた。

「今夜、細川氏綱を葬り去る。細川氏綱の居場所はどうなっている」

望月三郎の前には50人を超える忍び達がいた。

皆黒い布で顔を覆い身じろぎもぜずに控えている。

その中の一人が望月三郎の声に応えた。

「はっ、今までと変わりませぬ。いまだに遊佐長教殿に匿われており、遊佐殿が治める領地の屋敷に潜んでおります」

「屋敷か、警戒の規模はどの程度だ」

「せいぜい20名程度」

「近隣に軍勢などはいるか」

「おりませぬ。まさか自分たちが襲撃されると考えていないようです」

「監視はつけてあるか」

「監視のものは付けてございます。いつどこに行こうとも我らの監視からは逃げることはできませぬ」

「分かった。これより予定通り細川氏綱を葬り去る。行け!」

望月三郎の一言で一斉に甲賀の忍びが部屋から消えた。

望月三郎自身も向かうのであった。


月も雲に隠れる深夜。

真っ暗闇の中、微かに見える屋敷。

見張もおらず警戒しているそぶりは感じない。

甲賀忍び達は次々に屋敷の壁を軽々と乗り越えて中に入っていく。

望月三郎もすでに中に入っていた。

望月三郎は全員が揃ったことを確認。

無言のまま全員に指示を出す。

現代における軍隊の特殊部隊のように、声を出さずにハンドサインに似た仕草だけで指示を出していく。

夜目が効くように訓練された甲賀忍び達は、望月三郎による指示を読み動き始める。

誰一人声を出すこともなく、確認することもなく動き出している。

その動きには迷いは一切無い。

密かに音もなく戸が外される。

同時に甲賀の忍び達が屋敷の中に入っていく。

しばらくすると屋敷の中が騒がしくなるが、しばらくすると静かになる。

忍びが一人、望月三郎の前に来る。

「細川氏綱の屋敷の中にいる者たちは、全て始末いたしました。細川氏綱を確認されますか」

「分かった。行こう」

望月三郎は案内されていくと一つの部屋に入る。

布団の上に血を流し倒れる事切れている一人の男がいる。

望月三郎は灯りをつけさせる。

その灯りで倒れている男の顔を確認する。

その顔には、悔しさと無念さが溢れていた。

「この顔は細川氏綱で間違いないな」

「はっ、間違いございません」

「ならば、証拠を残さぬために、油を撒いて火をつける。それと、しまってある書状のたぐいは確実に残らず燃やせ、一切の証拠を残すな。屋敷の中を再度調べよ」

甲賀の忍び達は、隠されている書状探し、見つけ出した書状は残らず部屋の中に出す。

灯り用の油を細川氏綱の部屋と屋敷の中に隅々まで撒いていく。

書状にも油をかけて確実に燃えるようにしていく。

「油を撒き終わり、書状の類もしまってあるものは残らず部屋に出して、書状にも油をかけてあります」

「野盗の襲撃に見せかける偽装はしてあるか」

「銭や金目のものはある程度持ち出す形にして、さらに銭の奪い合いに見せかけるため、銭はわざと所々に撒いておきました」

「それでいい。火をつけよ」

そして火が放たれると同時に甲賀の忍び達は一斉に引き上げていく。

炎は瞬く間に激しく燃え上がり、屋敷を覆い尽くして夜空を染めていく。

その炎は、まるで死んだ男達の無念を表すかのように燃えている。

無念を飲み込んだ炎は、いつまでも赤々と燃えているのであった。

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