第23話 新たなる幕開け

将軍足利義藤は、御所の庭で朝から剣術の稽古を始めようとしていた。

指導するのは塚原卜伝とその高弟である弥四郎。

「上様。これより稽古を始めたいと思いますが、どの程度の腕前か知る必要がございます。お渡ししてある木刀で弟子の弥四郎相手に自由に打ち込んでください。弥四郎は反撃せずにひたすら受けに徹しますので、思い切り打ち込んでください」

「本当に思い切り打ち込んでいいのですか」

「かまいません。もし弥四郎が怪我をしても、それは此奴の腕前が未熟であるからこそ。気にする必要はありません。弥四郎相手に存分に打ち込んでくだされ」

「分かりました。弥四郎殿、よろしくお願いします」

「承知いたしました。この弥四郎が稽古のお相手をさせていただきます。存分に打ち込まれよ」

二人は木刀を手に正眼に構える。

足利義藤の構えを見た塚原卜伝と弥四郎は、その技量の高さを感じ取っていた。

「フフフ・・これはなかなか大変な稽古になりそうだ。一流の武芸者を相手にするつもりでいないと危ないな」

弥四郎は、木刀を正眼に構えながら呟いていた。

塚原卜伝の合図とともに、足利義藤は自らの木刀を弥四郎目掛けて打ち込んでいく。

足利義藤の振るう木刀をひたすら弥四郎が受けていく。

木刀同士が激しくぶつかる音が響き渡っていく。

周囲では、大御所で前将軍足利義晴、隠居した六角定頼、幕府に仕える幕臣達が稽古の様子を見守っている。

塚原卜伝は、足利義藤の木刀による打ち込みを見て驚いていた。

最初は、型の指導からと考えていたが、幕臣たちからの話を聞き腕前を確認する必要があると考え、弥四郎相手に打ち込みをさせていた。

幕臣たちからは、襲いかかってくる狼の首を一太刀で切り落としたとか、野盗たちを次々に一太刀で切り倒したと聞いていた。

普通ならば、このくらいの童がそんな事ができるはずが無い。

だが、皆本当だと言う。

近習の者達は実際にその場面を見たとも言っていた。

そのことを確認するための打ち込み稽古である。

「これは、一体どうなっているのだ」

足利義藤の打ち込みを見ていた塚原卜伝は、驚きのあまり思わず呟いていた。

足利義藤の打ち込みを受けている弥四郎も驚きの表情を浮かべている。

体がまだ出来上がっていないため力はまだ弱いが、その動きは一流の武芸者と言っていいほどに鋭い。

その鋭い打ち込みに弥四郎は、何度もヒヤリとさせられていた。

見ている塚原卜伝も思わず唸るほどである。

「天賦の才なのか・・・儂でさえあの歳頃であれだけの動きはできていなかったぞ」

さらに塚原卜伝の目に映る足利義藤の動きの中に、自身が編み出した鹿嶋新當流かしましんとうりゅうに似た動きが随所に見られる。

事前に幕臣達に聞いたところでは、今までどこかの武芸者に師事したり、教えを受けた訳ではないと聞いている。

「・・ならば、自らの試行錯誤であそこまで辿り着いたという事なのか」

幕臣達の話では、ある日突然動きが変わり剣術の腕前が急激に上がったと聞いていた。

塚原卜伝自身も鹿島神宮で1000日のお籠り修行をした身であり、修行の繰り返した果てに、ある日突然技量が急上昇する事は、あり得ない事ではないと思っている。

それが起こり得る事は分かっているが、まだ童と言って通じる歳でそのような事が起こることが信じられなかった。

「これなら確かに襲いかかって来る狼の首を一太刀で切り捨てる事は造作もない。野盗如きを一太刀で切り倒すことも簡単であろう」

目の前ではいまだに激しく木刀のぶつかる音が響き渡っている。

「面白い。これは面白い出会いだ。弥四郎とともに儂の全て教え込む価値のある人物ということか。京にきた甲斐があったということだ」

激しい打ち込み稽古は足利義藤の疲れが見えてきたため終わることとなった。

塚原卜伝の前に二人がやってくる。

塚原卜伝は足利義藤に感想を述べた。

「上様。素晴らしき技量をお持ちでございます。あとは腕力を鍛え、足腰を鍛えること事が必要でございます。上様は技量だけが突出して高く、体ができていないため力が弱い。体を鍛えましょう。それと上様が望めば、時間はかかるかもしれませんが鹿嶋新當流の全てをお教えしましょう」

「それは、本当ですか」

「上様なら弥四郎とともに私の剣術の全てを受け継ぐ事ができるでしょう」

「ぜひ、お願いいたします」

「承知しました。今日は良きでございます」

「はい、私も良き師匠と兄弟子に出会えました」

生まれ変わる前と同様に再び塚原卜伝の教えを受けることになった足利義藤であった。


ーーーーー


剣術の稽古が終わると、細川元常が火縄銃の準備を始めた。

足利義藤が、父である大御所足利義晴や幕臣達、師匠となる塚原卜伝に火縄銃というものを知ってもらおうと考えたからである。

細川元常の指示で的となる物をいくつも用意していく。

半町(1町は約109m)先に、水の入った甕や甲冑がいくつも用意されていく。

細川元常の下で火縄銃を扱う者たちは、火縄銃に火薬と鉛の玉を込めていく。

「義藤。これから何をするのだ」

「父上。これより皆に火縄銃を見てもらい、その威力をよく知ってもらうために、ここで火縄銃を実際に使用して、その威力を皆の目で見ていただきたいと思います」

「火縄銃か、将軍山城での戦いに使用した物だな」

「これからは、火縄銃が戦の行方を決める重要な役割を持ちます」

「そうか、ならばその自慢の火縄銃とやらの威力を見せてもらうか」

「承知しました。元常、準備は良いか」

「上様。全ての準備が整いました」

「では、順番にやってくれ。最初は水の入った甕だ」

「承知しました。一斉に撃たずに、1挺づつ順番に撃て」

3人が火縄銃を用意する。

「撃て」

一人が甕に向かって火縄銃を撃つ。

火縄銃から轟音と火花・煙が噴き出す。

水の入った甕が砕け、水が飛び散る。

残り二人も順次水甕を的に火縄銃を撃つ。

観戦している者達は、まずその轟音と噴き出す火花と煙に驚き、最後に砕け散った甕を見て驚いていた。

「義藤。これほどの威力とは・・」

「父上。まだでございます。これより鉄でできている甲冑を的に火縄銃を使います。元常。良いか」

「はっ、準備はできております」

火縄銃を扱う者達は、将軍山城でも火縄銃を扱い火縄銃の扱いに慣れている。

将軍足利義藤の命令で作られた火縄銃部隊の者達であった。

火縄銃の部隊は、細川元常と服部保長に命じて作らせている。

火縄銃の増産に従って順次増やしていくつもりであった。

的として用意された甲冑に火縄銃が火を吹く。

轟音と火薬の匂いが周囲に立ち込める。

家臣達は、火縄銃が撃ち終わると的となった甲冑を目の前に持ってきた。

的になった甲冑はどれもど真ん中に大きな穴がいている。

「父上。ご覧ください。これが火縄銃の威力です」

「これほどとは・・」

その場にいる全てのもの達は、最も簡単に甲冑に穴を開ける火縄銃の威力に驚いていた。

「火縄銃は少し訓練すれば誰でも扱う事ができるようになります。弓のように才能が必要な訳ではありません。農民であっても扱う事ができ、威力も大きいのです」

「農民でも扱えると言ったが、本当に誰でも扱えるのか」

「はい、弓のように長い修練や才能は不要。少し訓練すれば扱えます。火縄銃で戦のあり方が変わるのです」

一人一人敵を狙撃するなら才能や厳しい訓練は必要ではあるか、戦での運用は個別の狙撃では無く、狙いを定めずに敵兵の集団の塊に向かって撃つ。面による制圧であるから操作に慣れさえすれば扱えるのである。

「先ほど火縄銃の部隊と言ったが」

「細川元常と服部保長に命じて火縄銃を専門に扱う部隊を作らせました。火縄銃を中心とした戦いをしていけば、幕府軍に敵う相手はいません」

大御所足利義晴は、将軍足利義藤の説明に満足そうに頷くのであった。

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