第21話 無明長夜(むみょうじょうや)
「こんな馬鹿な話しがあるか」
細川氏綱は怒りが収まらぬと言わんばかりに荒れていた。
自らが手に入れようとしていた細川京兆家が廃絶され、細川京兆家の所領が全て将軍家に没収され、将軍家直轄領となったからである。
そしてそれは、細川京兆家が支配する領地が手に入らないだけでは無く、幕府管領職も同じく手に入らないものとなったからだ。
「仕方なかろう」
河内国守護代遊佐長教は半ば諦めにも似た表情である。
「遊佐殿。上様とはいえこのような横暴が罷り通ると言うのか」
「そうは言っても事実上、山城国・丹波国・摂津国は既に上様に抑えられ、国衆は上様に従っている」
「儂は認めん。由緒ある細川京兆家を滅ぼすなど断じて認めんぞ」
「もう諦めたらどうだ」
遊佐長教は、もはや勝ち目はないと見ている。
権威だけの存在が、戦う力を手に入れたのだ。
権威と力が揃い始めている。
そんな相手と無理をして戦う必要は無い。
相手から一方的に攻め寄せてくるなら戦うが、遊佐長教自身は今の将軍家と事を構えるのは避けたいと考えていた。
既に、細川氏綱には内緒で将軍足利義藤に使者を送っている。
秘密裏に足利将軍家に従う旨を伝えていたのだ。
「諦めろだと、そんなことはできん」
「ならどうするのだ。細川晴元殿が討たれた後、上様に敵対的な丹波・山城の国衆は既に討伐され、摂津国の三好長慶は上様に忠節を誓った。摂津には上様の手先が代官として多数送り込まれている。六角に至っては、定頼殿は自ら隠居を申し出たうえ、自ら人質として御所近くに住まいを構えた。さらに近江国西部の3郡を上様に献上した。六角家は上様に対して事実上の全面降伏だな。周辺の大名達も動くつもりはないようだぞ。若狭国武田家、越前国朝倉家は元々将軍家寄りの大名たちだ。お主に打つ手立ては無い」
遊佐長教の言葉に、細川氏綱は腕を組んでしばらく考えこむ。
「ならば、一向一揆はどうだ」
細川氏綱の口から一向一揆という言葉が漏れてきた。
その言葉に遊佐長教は慌てた。
昔、細川晴元が三好元長を陥れて抹殺するために、一向一揆を利用したことを思い出していた。
細川晴元が一向一揆を動かして三好元長を討ったが、その後一向一揆は暴走を始める。
そして、本願寺から一揆をやめるように指示を出しても、それを無視して畿内中を暴れ回り大きな被害をもたらしていた。
「馬鹿なことを言うな。一向一揆を利用などと、あれは危険すぎる。一度動き出せば本願寺でさえ制御できぬ奴らだぞ。畿内を更地にするつもりか。昔、一向一揆がどれほどの被害をもたらしたか知らんのか」
「だが、本願寺も現状に不満を覚えているはずだ」
「やめておけ、上様から本願寺に対して今後一向一揆を起こせば、門跡を与えないと言い渡されていると聞く。本願寺が門跡となりたければ、今後一切、一向一揆を起こさないことを朝廷と幕府に誓えと言われているそうだ。そのため、本願寺内部で意見が割れている。そんな時に一向一揆を唆すような真似をすれば、本願寺も敵に回すことになるぞ」
「ウグッ・・・」
「六角と三好が上様に事実上の全面降伏状態だ。つまり、山城国・丹波国・摂津国・近江国を上様が掌握したことになる。そのような状況で戦えると思っているのか。悪いことは言わん。細川京兆家の再興は諦め、上様に願い出て氏綱殿が身の立つようにしてもらえるようにしろ。そもそも氏綱殿は上様と対立していた訳では無い。それが無理なら、慎ましく生きるべきだ」
「遊佐殿はどうなのだ。遊佐殿はこのままでいいのか。河内国の半分程度で満足なのか」
「無茶を言うな。儂は河内国守護代の一人にすぎん。河内国の全てを自由に出来るわけではない。たとえ河内国を自由にできても、勝てない戦をやることはできん。そもそも家臣達や国衆が付いてこない」
諦めの悪い細川氏綱に少し呆れ気味になってきている遊佐長教。
「しかし・・・」
「今の上様相手に戦なんぞできん。無理にするなら一人で勝手にやってくれ。儂は勝ち目の無い戦はごめんだ」
「勝ち目はあるはずだ」
「どこにあるのだ。教えてくれ。上様が山城国・丹波国・摂津国・近江国を抑え、若狭武田、越前朝倉を加えた状態で、どこに勝ち目があるのだ。夢を見るのもほどほどになされよ」
遊佐長教はそれだけ言うと部屋から出ていった。
ーーーーー
京の将軍家御所近くに六角定頼は隠居のためのやや小さめな屋敷を構えていた。
六角定頼は屋敷にこしらえた茶室で茶湯を楽しんでいた。
茶室には一服の掛け軸があり、部屋の中には湯が沸く音が聞こえている。
「殿。なかなか気ままにお過ごしのようですな」
「定秀か」
茶室の入り口からは、六角家重臣である蒲生定秀の顔が見えた。
「入って参れ」
蒲生定秀は狭い入り口からゆっくりと入ってくる。
「なかなか良き屋敷ですな。手前も隠居したらこのような屋敷で気ままに生きたいものです」
「茶室もあり、なかなか快適だぞ」
「それは羨ましい限りで」
「ところで、義賢はどうしている」
「息災にございます」
「息災か・・・余計なことを考えていないだろうな」
「余計なことですか・・上様に関することでしょうか」
「そうだ。上様とは事を構えるようなことがあれば必ず止めよ」
「それは重々承知しておりますが、上様に完全に従うことが面白く無いように見受けられます」
「今の義賢では勝負にならん。それが分からんか」
「分からん訳ではなく、あえて言えば認めることができないと言った方が良いでしょう」
「認めることができんか。武将としての意地というわけか」
「童と言っても良い相手ですから、なおさらでしょう」
「こればかりはどうにもならん。本人が何を第一に考えているかでこの先が決まることだ。願わくば六角家当主として考えて貰いたいものだ」
「それと、先日細川氏綱殿から義賢様に書状が届いたそうでございます」
「書状の中身はなんだ」
「残念ながら書状の中身までは確認できておりませぬ」
「中身は言わなかったのか」
「そもそも書状が届いたことも秘密にされており、手前も近習のもの達からの話で初めて知ったしだい。義賢様は書状のことを我らに全く話そうともされません」
六角定頼はしばらく考えこむ。
「三郎はおるか」
「ここに」
茶室の外から男の声がする。
甲賀忍び筆頭の望月三郎こと甲賀三郎であった。
「細川氏綱から義賢に届いた書状が気になる。調べられるか」
「もしかしたら、燃やされている可能性がございます」
「燃やされていたらそれはそれで仕方ないこと、調べるだけ調べてみてくれ」
「承知いたしました。観音寺城に詰めている手の者たちを動かして直ちに調べます」
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