第20話 公家大名と長宗我部
「ハハハハ・・・今頃悔しがっている事であろう。悔しがっている姿が目に浮かぶようだ」
土佐一条家の若き当主一条房基は、土佐に戻る船の中でおかしくて仕方ないと言わんばかり。
そんな一条房基を憂えるような目で見つめるのは、宿老であり家老の
「殿。何も幕府との関係を悪くするような事をされずとも、よろしかったのではありませぬか。普通に単に挨拶に留める程度に挨拶されれば」
「何を言う。儂は摂関家であるぞ。摂関家が征夷大将軍如きになぜ頭を下げる必要がある。そもそも摂関家である儂に対して従えとは何事だ。しかも儂は従三位右近衛中将。奴は従四位でしかない」
「ですが、幕府と事を荒立てるのはよろしくないかと。それに将軍足利義藤様は五摂家筆頭である近衛家の血を引いております」
「将軍は将軍であり、近衛家を継いでいる訳ではない。儂は摂関家であり、武家では無い。武家でない以上、奴に頭を下げるいわれはない。儂が頭を下げるのは帝のみ。奴の方から儂に頭を下げてくるべきだろう」
「しかし、土佐の国衆はそうはいきませぬ。幕府との関係は良好にされませ。国衆が困りますぞ」
「土佐国司たる儂に逆らうなら、国衆如きが何を騒ごうが叩き潰せば良い。だが、幕府が邪魔な細川晴元を葬ってくれて助かったな。しかも細川京兆家を丸ごとだ。そのことについては大いに感謝しているぞ。儂から将軍宛に感状でも書いてやろうか」
感状とは、主家が戦功のあった家臣を讃え称賛する文書のことを言う。
「やれやれ、殿は、摂関家の一員でございます。もう少し
「今は乱世の世だ。雅も良いが、それだけでは一条家が滅んでしまう。公家大名か、いいではないか。乱世は力こそが全てだ。雅も嗜むがそれだけでは滅ぶ。滅んでしまえば雅も無いだろう」
「それは・・そうですが」
土佐国守護は細川京兆家が代々守護を務めていた。
一条家は土佐国の支配をめぐり、細川京兆家の前当主である細川高国と衝突しており、その後細川晴元が細川京兆家を手にしたが、晴元は土佐の支配よりも畿内の勢力争いに注力していた。
その隙をついて一条房基は勢力の拡大に努め、一条家としては最盛期を築こうとしている。
一条房基の公家らしからぬその巧みな戦術と行政力・力量も相まって、人々からは公家大名と言われていた。
「細川晴元が畿内での権力争いに明け暮れてくれたおかげで、土佐国内での支配力を増すことができた。細川晴元は既にいない以上、儂こそが土佐国の正当なる支配者だ」
「ですが幕府がすぐに軍勢を送り込んでくるのではありませぬか」
「海を越えて軍勢を送り込むことは無いだろう。せいぜい阿波国の三好を動かすぐらいだ。土佐国及び四国を制圧するには数万の軍勢が必要だ。幕府にそこまでの軍勢を海をこえて送り込む余裕は無い。幕府の周辺には、まだまだ敵が多い。表立って牙を見せていない面従腹背の輩だらけだ。そんな状態では無理はできん。将軍は足元を固める時だ。動けんよ」
「ならば、この先は如何されます。幕府も黙っているとは思えません」
「この際だ。従わぬ国衆を先に切り従えるまでだ」
「ならば、津野・大平あたりですな」
「そうだ。戻りしだい、準備に取り掛かるとするか」
一条房基は、敵対する国衆を切り従え、土佐国を手中に収める日を夢に見ながら、船に揺られながら土佐国に帰っていくのであった。
ーーーーー
一条房基と入れ替わるように長宗我部国親が御所にやってきた。
細川元常は長宗我部国親を将軍足利義藤の待つ広間に案内する前に別室へと案内した。
部屋の襖を開けるとそこには、将軍足利義藤がいた。
「細川殿。これはいったい」
「長宗我部殿。儂の呼びかけに応じてよくぞ上洛してくれた。大儀である。正式な謁見の前に少し話しておきたいことがある。部屋に入り座るが良い。ここは、私的な場であるから楽にしてくれ」
将軍足利義藤に招き入れられて、細川元常と長宗我部国親は別室に腰を下ろす。
「土佐国長宗我部国親にございます。上様。それでお話とはなんでございますか」
「長宗我部殿は、今の状況に満足されていますかな」
「それは、いったい」
「長宗我部殿は、周囲の国衆との軋轢で、なかなか苦労されていると聞き及んでおります。昨年、仇敵である本山殿の嫡男の娘を嫁がせたそうですな。その昔は、国親殿が幼い頃に長宗我部家は本山殿・山田殿との戦いで、居城を一時追われたこともあると聞きました」
「よくご存知で」
将軍足利義藤が土佐国の内情を知っていることに驚いていた。
「本領の江村・
「何を言われるのですか」
「儂は、信義に厚い志ある者を求めている。そのような者であれば協力を惜しまぬつもりだ。儂はようやく、山城国・丹波国を抑え、摂津国を掌握しつつある。そして土佐国は、本来なら細川京兆家を廃絶となり、土佐国は将軍家の直轄領になるはず。しかし、一条房基殿は儂を無視して挨拶もせずに土佐に帰った。武家であれば許せぬ暴挙であろう」
将軍足利義藤の言葉に、長宗我部国親の顔が厳しさを増していく。
「上様。この国親に何をせよと言われるのです。我が長宗我部家ではとても一条家に勝てませぬ。相手は土佐国司である一条家ですぞ」
「勝てぬ戦をせよ、などとは言わん。まずは力をつけてもらいたい」
「力をつけるとは」
「正直、儂は四国を任せるに足りる人物を求めている。三好も良いのだが、今一つ信用できぬ。そこで、長宗我部殿が土佐を手に入れ、儂を手助けができるだけの力をつけてもらいたいと考えているのだ」
「お待ちください。それはいくらなんでも買い被りというもの。長宗我部家にそのような力はありませぬ」
「おや、今の領地だけで満足だと言われるのか。それではそのうちに周辺の国衆に狙われ領地を奪われることになるぞ。もしもそんな時、どこまで一条家が守ってくれるのだ。もしかしたら一条家も一緒に攻め寄せ、長宗我部殿の領地を分け合うかもしれぬぞ」
長宗我部国親の心に、幼い頃に一時的に居城を奪われている頃の想いが蘇る。
「そのように言われても、そう簡単では・・・」
将軍足利義藤は手拍子を一回すると三淵晴員と家臣達が入ってきた。
重そうな木箱を運び込んでくる。
「上様。こ・これは・・」
「晴員。蓋を開けよ」
三淵晴員が木箱の蓋を開ける。
中には大量の銅銭である永楽通宝が入っていた。
「5千貫文ある。これは儂から上洛してくれた長宗我部殿への土産。いかようにでもお使いくだされ。武器を買うも良し。戦の足軽を集めることに使うも良し。敵対勢力を切り崩すことに使うも良し。周辺の敵対勢力を圧倒できなければ、安心できんだろう。これだけあれば、かなりのことができるぞ」
思いもよらない申し出にしばらく言葉が出てこない長宗我部国親。
「・上様・上様はいったい・・何者なのです。本当に10歳の身なのですか」
長宗我部国親の言葉に苦笑いをしながら答える。
「何者も何も、第13代足利将軍足利義藤。これ以外の何者でもないぞ。歳も間違いなく10歳だな」
長宗我部国親は喉がカラカラになるような気がしてきた。
上様の見た目は10歳の童であるが中身はまるで別物としか思えない。
見た目とは違い、老練で人心掌握に長けた老獪な人物に思えてくる。
迷いに迷い長宗我部国親は決心した。
「上様。この長宗我部国親。本日只今より上様に忠節をお誓いいたします。必ずや期待に添えるようにいたします」
「よくぞ決心してくれた。嬉しく思うぞ。ならば、できる限り長宗我部殿を支援しよう」
「ありがとうございます」
足利義藤により、四国の戦国大名達の均衡を崩していくための一手が、打たれることになった瞬間であった。
これにより、足利義藤が生まれ変わる前の歴史よりも早い時期に、大きな歴史の変動が起きていくことになる。
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