第19話 論功行賞

三好長慶、六角定頼らが帰った後、将軍足利義藤は家臣たちの召集をかけた。

この度の将軍山城の戦いに関わる者たちへの褒美を与えるためであった。

集められた者たちには詳細は教えられていない。

何もわからず皆は将軍足利義藤の登場を待っていた。

将軍足利義藤が広間に入ってくると家臣たちは一斉に頭を下げる。

「皆、大儀である。皆の働きにより将軍家復活の足掛かりを得ることができた。礼を言う」

将軍足利義藤の言葉に、この場にいる家臣たちは頭を下げた。

「さて、今後我らが畿内をしっかり抑えることが重要になる。まずは山城国だが、幕府のお膝元でもあり、朝廷もあることから幕府の直接統治とする。そのため、各所に代官を置いての統治とする。細かな代官は後日に説明する。次に、丹波国である。丹波国は細川元常に守護代を任せる」

「承知いたしました。上様の領地となりました丹波をしっかりと治め、上様をしっかりとお支えできるようにいたします」

「丹波は京に近い。丹波国の国衆の働きが重要になってくる。頼んだぞ」

「お任せください」

「次は、六角より献上された3郡の扱いだ。滋賀郡北半分の管理を朽木稙綱に任せる」

「承知いたしました。しっかりと治めます」

「次に滋賀郡南半分と栗太郡・野州郡を三淵晴員に任せる」

「承知いたしました」

「朽木稙綱・三淵晴員の両名に申し付けておくことがある」

「「はっ」」

「琵琶湖の水運を我らのものとせよ」

「なぜ、琵琶湖水運でございますか」

「晴員。琵琶湖の水運による利益が叡山と日吉大社の大きな収益の一つであり、力の源泉の一つとなっている」

「水運の生み出す銭ですか」

「そうだ。湖族と呼ばれ琵琶湖の水運を握る堅田衆がを我らの味方にせよ。このまま比叡山と日吉大社に琵琶湖を握られていることはまずい。時間がかかっても良いから琵琶湖を抑えよ」

「承知いたしました」

「服部保長」

「はっ」

「伊賀衆の働きは見事であった。火縄銃・火薬の手配・情報に関しての働きに対して褒美として、服部保長に2万石の知行地を与える。今後とも儂を支えてくれ」

幕臣たちはこれに驚いた。

「上様本気でございますか」

「ただの忍びでございますぞ」

「いくらなんでも」

幕臣たちが騒いでいる。

ただの一介の忍びにいきなり2万石を与えるとの宣言。

事実上の大名扱いとなる。

「黙れ!お前たちの中で火薬の調合ができるものはいるのか。火縄銃が此度の勝利に欠かせなかったことはわかるであろう。火縄銃と製造法を入手できたのは誰のおかげだ。さらに、お前たちの知らぬところで情報を扱い、敵の動きを掴み、翻弄し、儂の思うように敵を動かす。そんなことがお主たちにできるのか」

将軍足利義藤の強い言葉に反論できずに皆黙り込む。

「上様。ありがとうございます。我ら伊賀衆は今後とも上様に忠節を尽くします」

「頼むぞ」

「はっ」

服部保長は涙を流していた。

乱世の世であっても忍びの地位は低い。

大名たちは積極的に家臣として登用しようなどとは思わないところが多い。

そのため、一回限りの傭兵扱い。

多くの忍びが貧しさの中で喘いでいた。

伊賀上忍である服部保長自身も、忍びの貧しい環境から一族をどうにかしたいと、一族を連れて北面の武士として仕えたり、三河国に向かい松平家に仕え、また、伊賀国に戻ることを繰り返していた。

そんな中で働きを認め、知行地を忍びに与えることが珍しいことであった。

「次に甲賀衆である。情報収集・敵の情報撹乱は見事であった。鵜飼孫六・和田惟政にそれぞれ1万2千石の知行地を与える」

「「ありがとうございます」」

鵜飼孫六・和田惟政ともに自分たちも大名扱いになるとは思っておらず、突然のことに驚いている。

伊賀衆・甲賀衆の厚遇には、義藤なりの考えがあった。

多くの国衆は、まだまだ信用できない。

銭雇いとはいえ、将軍になる前から義藤に仕えてきた服部保長なら、細川晴元を倒してから恭順してきた者たちよりも信用ができると考えていた。

さらに、伊賀衆と甲賀衆の情報を扱う働きが、これからの時代に重要であることを身をもって知ることになったことも大きい。

そのため、自分につけば忍びであっても出世の可能性があると見せることで、残りの伊賀衆を丸ごと抱え込み、甲賀衆でも冷飯を食わされているものたちを全て取り込み、自らのため戦力化することを狙ったのであっった。

「それと伊賀国を将軍家直轄地としたい」

伊賀国守護は足利一門である仁木家であるが、力がない為、伊賀国のごく一部だけを支配するのみで、大半は伊賀上忍たちの支配する地であった。

「上様、それはどうしてでございますか」

「保長。伊賀衆の力を評価しているのはお主へ与えた知行地で分かろう。儂は忍びの働きを評価している。そのために、できる限り伊賀衆・甲賀衆を雇い入れたいのだ。そのためには、将軍家直轄領が良いと考えている。そうすれば、他の大名の邪魔も入りにくい。だからと言って急に重税を押し付けたり、兵役を急に押し付けるなどは無い。今までと変わる事はない。守護は仁木家となっていたが、事実上いないも同じだから問題ないだろう。仁木家には別の役割を与える。そのため、伊賀衆に根回しをしておいて欲しい」

「今までと変わらぬと言われますか」

「その代わり儂に付いて来れば損はさせんぞ。悪い話ではあるまい」

「今までと変わらぬのなら悪い話ではなく、他の伊賀衆の反発を受けることもないでしょう。承知いたしました。他の伊賀衆に話をつけたいと思います」

「頼むぞ。次に摂津国だが、三好長慶を摂津国西部守護代としたが、東側はしばらくの間、幕府による直接統治としておく。また空席となっている各代官は、奉公衆たちから抜擢してつかせることにする」

そこに、近習である細川藤孝が慌てて広間に入ってきた。

「上様」

「藤孝。どうした」

細川藤孝が周囲を見渡して何か言いにくそうな表情をしている。

「今この場は幕府の信頼できるものたちばかりだ。かまわんから、はっきり言え」

「土佐一条家一条房基殿が朝廷に参内を済ませ、こちらには来ないまま土佐国に帰られました」

将軍足利義藤の顔に怒りの表情が露わになる。

この場にいる国衆たちの怒りの声が湧き上がる。

「これは捨ておけません。上様を蔑ろにする行為でございますぞ」

「従三位で土佐国司であることをを鼻にかけおって、上様を無視するというのか」

「公卿ということで思い上がっているのだろう」

国司とは、その国で祭祀・司法・行政・軍事の全ての権限を一手に握り絶大な権力を持つものたちであり、土佐一条家は高位の公家であるため土佐国司とも呼ばれていた。

しかも官位は従三位であり、義藤は従四位である。

「鎮まれ。一条房基。摂政関白太政大臣であった一条兼良の血を引く一族か。高位の公家であるから、自分は幕府には従わんと言わんばかりだ。舐めおって」

「上様。冷静におなりください。ここは我慢のしどころです」

重臣で丹波守護代を任せる細川元常が冷静に声をあげる。

「元常。捨ておけと言うのか」

「今は遠方の土佐国・讃岐国は放っておいて足元を固める時です。土佐国と讃岐国は、阿波国を地盤とする三好殿に任せ。上様は丹波国・山城国・摂津国を固め、地続きで隣接する国で幕府に反抗的な勢力を叩き、幕府の力を盤石にするべきとき。いま、わざわざ海を渡り多くの軍勢を送り込む価値はございません」

冷静な細川元常の言葉が広間に響き渡る。

「だが、それでは舐められたままではないか」

「上様がいちいち愚か者の行動で怒る必要はありません。その代わり一条家には思いっきり嫌がらせをしてやれば良いのです」

「嫌がらせだと」

「敵の敵は味方でございます」

「敵の敵・・」

「土佐一条家の敵対勢力を何食わぬ顔で裏から支援してやればよろしいかと」

「ほぉ〜、なるほどな。だが、今の土佐一条家は手強いぞ」

「長宗我部が密かに野心を見せているそうです。あと三日もすれば長宗我部殿が御所に来られます。使えるかと」

「ならば土佐国に関しては、密かに長宗我部を支援。讃岐国は三好の任せるとする」

「承知いたしました」

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