第18話 謁見

細川元常、三淵晴員、朽木稙綱たち幕府に仕える国衆たちは、将軍足利義藤の指示を受け、幕府に反旗を示した国衆を次々に討伐していた。

大量の火縄銃による圧倒的な攻撃力を生かした幕府軍の前に、細川晴元寄りの国衆はことごとく敗れ去り、それがより一層幕府軍の強さを天下に示す結果となっている。

将軍からの御内書が届いて1週間で、山城国と丹波国では幕府に叛意を見せる国衆はいなくなっており、山城国と丹波国を完全に勢力下に収めることに成功していた。

幕府軍は一度京に戻るように指示を受けて御所周辺の警護についている。

今日、いよいよ三好長慶と六角定頼が上洛してくるからだ。

そのため、不測の事態に備え警戒体制を敷いているため、京の街中は緊張感にあふれている。

室町第の御所周辺は特に緊張感が高い。

火縄銃を扱う部隊は、皆火薬と鉛の玉を火縄銃にこめ、いつでも戦える準備を終えていた。

そんな警戒態勢の中を、三好長慶と弟の三好彦次郎が供回りと共に御所にやってきた。

「兄上」

「なんだ」

「あれが火縄銃でしょうか」

三好彦次郎は、幕府兵の持つ火縄銃に視線を送り兄である三好長慶に声をかける。

「そうだ」

三好長慶の脳裏に将軍山城での戦いが蘇る。

燃える将軍山城と瓜生山の炎に照らされた戦場で、幕府軍の軍勢が構えていた火縄銃が思い出された。

まさしく、いま御所を守る軍勢が手にしているそのものであった。

同時に、燃え盛る炎の熱、戦場に漂う火薬の匂いと血の匂い、自らの甲冑からする鈍い金属音、次々に倒れていく家臣たちが悪夢のように思い出される。

三好長慶はそれらを振り払うように進む。

「行くとするか」

「はっ・はい」


三好長慶と三好彦次郎たちは御所の広間に通され、その他の者たちは控えの間に待たされる。

広間には既に、将軍を補佐する国衆や近習が控えていた。

広間の奥中央の上座に将軍足利義藤がいる。

三好長慶たちは部屋の中央に進み出て座た。

「摂津国守護代三好長慶。お召しにより参上いたしました。後ろに控えるは弟彦次郎にございます」

「将軍足利義藤である。よくぞ参った」

「はっ、この三好長慶。今後とも上様に従い、上様に逆らうつもりはございません」

三好長慶の言葉を聞いた将軍足利義藤は、右側に肘掛けを置き右肘をのせた姿勢で三好長慶を見つめ、しばらく黙っていた。

そして、おもむろに口を開く。

「ほぉ〜、儂に従うか・・将軍山城では細川晴元とともに儂に刃を向けておったはずだが、儂の勘違いであったかな。かなり多くの者たちを失ったであろうに」

将軍足利義藤の言葉に一瞬言葉に詰まる。

「そ・それは・我ら三好家は代々細川京兆家の家臣でございます。主君の命には逆らい難く、それとなく何度か諌めましたが聞き入れてもらえず、将軍山城での戦いとなりました」

「細川晴元を諫めたと言うか」

「はい」

将軍足利義藤は、三好長慶を見ながら考えていた。

三好家の勢力は阿波国を本拠地とする。

ここで三好長慶を罪に問い死罪としても、生まれ変わる前の歴史で畿内を席巻した三好の勢力は丸々温存され、長慶を罰したことで強い反発を生む結果となると考えていた。

三好長慶の勢力を削ぎ、力を弱めながら、阿波国の勢力を取り込み、なおかつ将軍家の強力な支配体制を構築してその下に組み込まなくてはならない。

「儂に仕えることに二心無きことを誓えるか」

「はっ、お誓いいたします。主君の命とはいえ上様に刃を向けたことは事実でございます。いかように罰せられてもやむなきことと思っております」

「よかろう。ならば、三好長慶への仕置きを申し渡す。摂津国内の各種代官を罷免。摂津国守護代を罷免とする。そして新たに摂津国守護代は東西に分け、三好長慶に摂津国西部守護代を命ずる」

「ありがたき幸せ、摂津国西部守護代として上様にお仕えいたします」

「さらに二心無きことを誓い、そしてその証明のため熊野誓紙での起請文で誓いを立てよ。それを幕府に出し、熊野三山に納めよ」

この時代、紀伊国熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)で配布される熊野誓紙(熊野牛王符)に書いた誓いは神仏に誓うことであり、その約束を破れば血を吐き死んで地獄に落ちると信じられていた。

「承知いたしました。起請文にて偽り無きことをお誓いいたします」

「良かろう。ならば今後の働きに期待する」

「承知いたしました」

三好長慶たちは、ホッとした表情をして下がって行った。


ーーーーー


三好長慶たち御所を出て1刻ほどすると六角定頼・義賢親子が御所にやってきた。

三好長慶同様に供回りの家臣たちは控えの間に止め置かれ、六角定頼、六角義賢の二人で将軍の待つ広間へと向かう。

二人は広間の中央に座る。

その表情は硬いままである。

「六角定頼、義賢。上様のお召しにより参上いたしました」

将軍足利義藤は、しばらく無言のまま六角定頼を見つめていた。

そして、ゆっくりと口を開く。

「定頼」

「はっ」

「お主には失望したぞ」

「申し訳ございません」

「将軍の烏帽子親とはなんだ」

「上様を補佐し、上様のために戦い、上様を守る存在にございます」

「ほぉ〜。それならお主のやった事はなんだ。全て真逆ではないのか」

「申し訳ございません。我が目が節穴でございました」

「大御所様の期待を裏切り、儂の期待を裏切り、将軍家に弓引く者に手を貸す」

「申し開きのしようもございません。お許しいただけるならば、我ら六角家は上様に終生忠節をお誓いいたします」

「本気で忠節を誓えると言うのか、それをどうやって証明するのだ。口先ではいくらでも言えるだろう。実際に烏帽子親という立場にありながら、それを反故にしたではないか。忠節を誓うといいながら、いざとなれば簡単に反故にするのではないか」

将軍足利義藤の言葉を聞き、六角定頼の額には薄らと汗が滲む。

「はっ、我らの忠節の証として近江国西の2郡だけではなく、もう1郡増やし3郡を上様に献上いたします。さらに、六角家の家督は嫡男義賢に譲り、この定頼は隠居しこの御所近くで終生暮らします」

つまり、隠居して自らを将軍家の人質として京に住むと言っているのである。

「将軍山城の戦の後、細川晴元に与する国衆が既にいくつか滅んでいる。当然、幕府軍による討伐である。既に、丹波国、山城国は完全に平定された。三好長慶も儂に忠節を誓う代わりに、摂津国守護代の役割を西部のみとして代官職は全て罷免した。間も無く摂津国の掌握も終わる。烏帽子親でありながら儂を裏切り刃を向けたなら、六角家を討伐して廃絶してしまっても良かったが、恭順の姿勢に免じて許そう。ただし、熊野誓紙での起請文で誓いを立てることが条件だ。そして、次は無いぞ。それを肝に銘じておけ」

「寛大なるお心遣いに感謝いたします。我ら六角家、上様に終生忠節をお誓いいたします」

「分かった。いいだろう、今回だけは特別に六角家を許そう。忠節に励むといい。期待しているぞ」

「承知いたしました」

将軍足利義藤は、立ち上がると広間を後にした。

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