第15話 決戦!将軍山城(1)

「クソクソクソ・・・・どこまで儂を馬鹿にすれば気が済むのだ。この儂が小心者だと。自ら攻め寄せる気概も無いだと。揃いも揃って儂を笑い者にしおって」

将軍山城から戻ってきた六角定頼の話を聞いて逆上する細川晴元。

床几しょうぎ(いす)を蹴り上げ、手にしていた軍配を地面に投げつける。

「定頼殿。この儂のどこが小心者なんだ。さらに自ら攻め寄せる気概もないだと」

「落ち着かれよ晴元殿」

六角定頼は落ち着いた声で細川晴元を静止しようとする。

「馬鹿にされているのは儂だぞ。側衆や国衆如き奴らが、名門細川京兆家の当主であり、幕府管領である儂を馬鹿にしているんだぞ。少し前まで儂にへりくだっていた奴らだぞ」

「だから落ち着かれよ。心を乱した方が負けだ」

「これが落ちつていられるか」

「軍勢の差は明らか、落ち着いて攻めれば必ず勝つ戦だ」

「これだけ馬鹿にされ笑われたのだぞ。ならば一気に攻め落とし、逆に儂が奴らを笑ってやらねば気が済まん」

「ハァ〜・・だから落ち着けと・・」

「手足の1本ぐらい無くてもかまわん。生きてさえいればいい。捉えて儂の前に連れてこい。行け!将軍山城を攻め落とせ」

細川晴元の号令で、軍勢が急斜面の山道を駆け上がっていく。

将軍山城の山頂への道は、以前よりも険しくなっていた。

大御所足利義晴の改築命令に際して、将軍足利義藤が伊賀衆に命じて攻めにくいようにするための案を出させて、それに従って改築していたためだ。

道は以前よりも勾配が急になり道幅も狭くなり、尾根はところどころ切通しとなり、尾根伝いには登れぬようになっていた。

そして進軍を阻むために途中には、砦が一つ作られていた。

軍勢は攻め上がるだけで息が上がりそうになっている。

「あのような急造の砦なんぞすぐに攻め落とせる。行け、攻め落とせ」

細川晴元の命令を受けて、軍勢が将軍山城へ至る途中に作られている砦に近づく。

砦に攻め寄せるが、近づくだけで激しい投石の雨となり、容易に砦に近づけない。

細川晴元の軍勢も必死に砦を攻めるが、被害が大きくなる一方であった。

そして夜になると時折夜襲を受け、寝る間も削られていく。

さらに、砦から細川晴元を揶揄する声が聞こえてくる。

「小心者の晴元がやってきたぞ」

「寝巻き姿で逃げ出す奴がきたぞ」

「晴元は今頃、軍勢の後ろで震えているぞ」

そして大きな笑い声が聞こえてくる。

その声がより一層細川晴元を激怒させていく。

それでも、細川晴元側の必死の戦いで砦側も損害が出てきたのか、突如、砦に詰めていた兵は砦を放棄して将軍山城へと逃げていた。

1週間が過ぎ、砦を制圧して将軍山城へと到達した。

将軍山城の城壁は以前よりも高くなり、幾つもの櫓も見えている。

数多くの旗印が風になびいていた。

細川晴元の軍勢が一斉に攻めかかるが矢を打ち込まれ、石を投げつけられ攻め込む取っ掛かりを掴めない。

城壁も高く、さらに登ることができないように隙間埋めるように作られている。

ハシゴを使おうにも斜面にある城壁のため届かない。

さらに城壁の上からは煮えたぎったお湯や油が撒かれ被害が拡大していく。

「クソッ・・・何をしている。門を破壊しろ。破城槌を使え」

細川晴元の指示で破城槌で門を突き破ろうとするが、門まで坂となっていて、破城槌に勢いをつけることができない。

城壁上や櫓から矢で破城槌を持つ足軽が狙い撃ちされ、身動きが取れない。

それでも無理をして門に近づけば、煮えたぎる熱湯が掛けられる始末となっている。

夕暮れ近くとなり細川晴元の軍勢は一旦撤収していった。


将軍山城本体を攻め始めて間も無く1週間が経とうとしている。

城側の頑強な抵抗の前に細川晴元の軍勢は疲れてきていた。

「殿。このような書状が届きました」

家臣が一通の書状を持ってきた。

「なんだそれは」

「細川元常殿からの書状にございます。我らに内応するので、今夜、子の刻に城門を開けておくとの事」

細川晴元は書状を素早く読み込んでいく。

「この花押は間違いなく元常殿のもの。だが、信用できるのか」

「用心してかかればよろしいにではありませぬか。どのみち手詰まりとなっています。周囲に気を配り用心しながら試してみればいかかがです」

細川晴元は腕を組んでしばらく考えていた。

「そうだな。罠を用心してかかればよかろう。今夜の夜襲に備え、兵を休ませておけ」

「承知いたしました」


深夜、子の刻近くになり、細川晴元の軍勢は静かに行動を開始した。

数名の兵が闇に紛れ櫓の兵に見つからぬように城門に近づく。

城門に辿り着くとそっと城門に触れて力を入れいくと城門が徐々に開いていく。

すぐさま、軍勢に合図を送る。

合図を見た軍勢は一斉に走り始める。

わずかに開いた城門に細川晴元の軍勢が殺到。

門を大きく開き、次々に城内に突入していく。

張られていた陣幕を切りさき中に入っていく。

だが、そこには反撃はおろか人影さえなかった。

将軍山城内には、誰もおらず、櫓の上には数名の人影が見える。

兵達が用心しながら近づくが、眠っているのかその人影は動くそぶりも見せない。

何人かが用心しながら櫓を上がっていく。

そこにあったのは、甲冑を着せた等身大の藁人形であった。

兵士たちは状況が理解できずに狼狽えている。

そんな将軍山城内に細川晴元が入ってきた。

「一体どうなっているのだ。敵は誰もいないのか」

細川晴元の問いかけに家臣の一人が慌てて答えた。

「城内に誰もおりません。櫓の上も甲冑を着せた藁人形でございます。城内はもぬけの殻、無人でございます」

「しまった。元常の書状は逃げるための時間稼ぎだったのか」

細川晴元がつぶやいた瞬間、麓の方から爆発音と地響きがする。

麓を見ると山の下が一面火の海となって、山の頂上に向かって火が勢いよく登ってきているのが見えた。

火が回る速さは想像もできないほど速い。

足軽や家臣達が火の回る速さに驚いている。

「馬鹿な、なんだあの火の勢いは、木々が信じられん速さで燃えているぞ」

「油を撒かれたのか」

「いや、油を撒いたよりももっと早くて火が強いぞ」

「油でなければ、何を使ったんだ」

この時代、油といえば灯りとりに使う菜種油やごま油・木の実からとる油くらいしか知られていなかった。

足利義藤は、灯りとりに使う油よりも強力に燃える上がる越後の燃える水(石油)を大量に取り寄せ、甕に入れて山中の至る所に仕掛けていた。

当然、山中だけではなく将軍山城にも大量に仕掛けられていた。

城の壁が突然爆発して火が噴き出した。

城壁の内側を薄くして中に燃える水の入った大きな甕をいくつも仕掛け、そこに火薬を仕込んで導火線に火をつけた火槍を伊賀忍び達が打ち込んできた。

甕のある位置は当然全て知っている。

次々に火槍が打ち込まれ壁が爆発して、辺り一面に火のついた燃える水が飛び散り、周辺は火の海となる。

さらに、城内からも次々に爆発が起こり、仕掛けられていた燃える水に火が付き火の手が上がり、将軍山城が燃え上がっていく。

将軍山城は麓から山頂の城まで、全てで燃え上がり火に包まれてしまっている。

伊賀忍び達は、すぐに退却。

伊賀衆は足利義藤が退却用に密かに作っておいた道を使い自分たちも退却していく。

伊賀衆は退却路にすぐに燃える水を大量に撒いて火をつけ、追っ手の追跡を不可能にしていた。

山全体が燃え上がると強烈な熱風と膨大な煙が発生。

発生した強烈な熱風と莫大な煙は、全て山頂にある将軍山城へと流れ込んでくる。

細川晴元はもはや戦うどころではなくなっていた。

将軍山城に攻め込んだ軍勢は、火と熱風・煙により逃げ場を失い、ひたすら右往左往するだけであった。

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