第14話 幕府御敵

「こ・この儂が幕府御敵であり朝敵だと!ふざけるな!」

細川晴元は、第13代将軍足利義藤から送りつけられた書状を握り締め、怒りを露わにしていた。

将軍足利義藤率いる幕府軍は、3千の軍勢で将軍山城に籠っていた。

細川晴元は自ら軍勢を率いて、将軍山城の麓に陣を敷き将軍山城を封鎖している。

細川晴元の軍勢は、三好長慶と六角定頼を含めた2万の軍勢。

ただし、六角定頼は将軍と大御所を説得すると言って将軍山城へ出向いていた。

そのため、六角勢は少し離れた近江国側にいた。

そんな、怒りを露わにする細川晴元の下に三好長慶がやってきた。

「晴元様、如何されたのです」

細川晴元が異様なほど荒れている様子に思わず声をかける。

「長慶か、こともあろうに上様は儂と細川京兆家を幕府御敵と朝敵に定めた。その上で、細川京兆家の領地である山城国・摂津国・丹波国・讃岐国・土佐国を全て召し上げ将軍家直轄領とすると宣言しておる」

「何ですと」

三好長慶が驚きの表情に変わる。

三好長慶もまさか将軍がこのような強硬な手段に出てくるとは予想もしていなかった。

「今、六角定頼殿が上様を説得に向かっている」

「しかし、幕府御敵のみならず朝敵にまで定めるとなると朝廷の意向もあるということ。簡単にはいかないのではありませぬか」

「我らの軍勢を見せつけ脅してやればすぐに折れるに決まっている。常に他の大名を頼り、傀儡として生き続けてきたのだ。戦う気力なんぞない。上辺だけに決まっている。脅せばすぐに変わる」

吐き捨てるように叫び、険しい表情に変わっていく。

そんな細川晴元を見ていた三好長慶の表情がますます厳しいものに変わって行く。

「晴元様。これは少々不味いかも知れません」

「何が不味いというのだ」

「今までこのようなことになった時、敵対する相手を将軍家が幕府御敵・朝敵に定めてことはありましたか」

「無い・・・無いから困っているのだ」

「もし、上様が幕府御敵・朝敵を解かぬまま死ぬようなことがあれば、下手をすれば我らは永遠に子々孫々に至るまで幕府御敵・朝敵のままとなります」

細川晴元の表情が歪む。

「ならば、儂の手元にある足利義維殿を将軍にすれば良い。そうすれば、簡単であろう」

「ここまでのことをする以上は、おそらく、脅したぐらいでは引くことは無いでしょう。もしも上様が死に、我らが新たに足利義維殿を将軍に擁立しても、朝廷が我らのことを無視して我らが擁立した足利義維殿を将軍とは認めない恐れがあります。何より、幕府御敵・朝敵となっている相手が関係し推挙する人物を、朝廷が将軍と認めるはずがありません」

「ならばどうすればいいというのだ」

「ならば、何が何でも上様と大御所様を生け取りにしなくてはなりません」

「できるのか」

「できるできないでは無く、やらねばなりませぬ」

「生け取りか・・」

「上様は自らの命を使って我らを脅しているのです」

「自らの命を使って我らを脅しているだと」

「そうです。上様は自らの命で我らを脅している。主である将軍を殺せるものなら殺してみろと言っているのです。ですから、どんな犠牲を払っても必ず生け取りにしなければなりません。もしも、我らの軍勢が上様を殺したら、今度は朝廷と京の領民たちの怒りを買います。それどころか諸国の大名達の怒りまでも買うことは確実。そして各地の大名達に軍勢を率いて上洛するための口実を与えてしまいます。そうなれば、上様の敵討との大義名分を得た諸大名は、喜び勇んで軍勢を率いて上洛するでしょう」

「・・・長慶」

「はっ」

「全軍に通達を出せ。上様と大御所様を必ず生け取りにせよ。殺したものは厳罰に処すと足軽に至るまで厳命せよ。もしも、上様と大御所様を殺したものは打首とする」

「承知いたしました」

「あとは、六角殿を待つしかあるまい」


ーーーーー


六角定頼が数名の共を引き連れ、長く急勾配の山道を上っていくとようやく将軍山城の正門が見えてきた。

「ふ〜、ようやく着いたか。以前はこれほど急勾配な道ではなかったはずだが、これは一体どうしたことだ」

一人呟きながら将軍山城の備えを確認していく。

あちらこちらにおびただしい数の旗印が風になびいている。

城の壁は他の城よりも高く作られていて、簡単に乗り越えたり登ったりはできそうに無い。

城の作りが近隣で見る城と少々違うように見受けられる。

さらに、幾つもの櫓とそこからこちらを監視する兵達が見えていた。

閉じられている門の前に立つ。

「近江国守護六角定頼である。上様に御目通り願いたい」

しばらくすると、門が開き中から武将が一人現れた。

「三淵晴員でござる」

「六角定頼である。三淵殿久しぶりであるな」

「六角殿も息災なご様子」

「無益な戦を避けるために、至急、上様に御目通り願いたい」

「承知いたしました。ご案内いたします。こちらにどうぞ」

六角定頼は、三淵晴員の案内で将軍山城の正門をくぐる。

城の備えを見せないためか、人の通れる幅を残して両側に隙間なく幕が張られ、城内を見通せないようになっていた。

案内に従い城の奥へと案内されていく。

改築されたばかりのためか真新しい木の香りがしてくる。

そして、将軍山城の広間へと案内される。

部屋の中に入ると、両側には将軍に従う国衆や側衆が並び、正面奥の中央上座に第13代将軍足利義藤がいた。

六角定頼は部屋の中央まで進み平伏する。

「上様。六角定頼にございます」

「何のようだ」

「戦は無益にございます。備えを解いて城を降りてくださいませ」

「それはできん」

「何卒お願いいたします」

「くどい!」

将軍足利義藤の言葉が将軍山城内に響き渡る。

「お待ちください。何卒ご再考を」

「儂の後見人であり、烏帽子親であるお主が裏切った以上、何も話すことは無い。失せろ」

「これは、熟慮に熟慮を重ねた結果。決して上様を蔑ろにするつもりはございません」

「言い訳は聞きたくない。失せろと申したはずだ」

「大御所様は何処に」

「父上は、此度の軍勢に関する全ての指揮命令を将軍たる儂に任せている。儂の指揮による結果は全て受け入れると言っている」

「麓には総勢2万もの軍勢がおります」

「クククク・・・儂を脅しているのか」

「事実を申しているだけでございます」

「引くつもりは無い」

「上様!」

「かかってこいと言っているのだ」

「2万の軍勢ですぞ」

「くどいと言っているだろう」

「本気でございますか」

「小心者の晴元。裏切り者の定頼。ちょうど良いではないか。晴元に言っておけ、小心者であるお主らは本陣で閉じこもっているだけで自ら攻め寄せる気概もなかろう。敵の奇襲に寝巻き姿で逃げ出す。そんな小心者の率いる軍勢に我らが負けるはずがなかろうとな」

それだけ言うと足利義藤は立ち上がり部屋を出ていく。

「お待ちください」

その声を無視して城の中に消えていった。

「皆の衆。これでいいと言われるのか。将軍家が終わるかもしれんのだぞ」

六角定頼の言葉に側衆たちが次々に口を開く。

「損得で上様を裏切る者達と我らを一緒にするな。我らはどこまでも上様と共にある。貴様らと一緒にされるのは迷惑だ」

「とっとと戻り、自ら軍勢を率いて攻め上がってくるがいい。だが、晴元もお主もそんな気概はあるまい」

「寝巻き姿で逃げ出すやつに武勇などあるはずなかろう」

「皆の衆、奴らに武勇を求めるのは酷であろう。損得勘定ばかり先立つ輩に武勇を示すなどできるはずがない。家臣達だけ動かして、自らは高みの見物しかできん奴らだ」

そして一斉に笑い声を上げる。

六角定頼は悔しそうに唇を噛み締め将軍山城から降りて行くのであった。

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