第13話 将軍山城
前将軍であり大御所である父足利義晴が、山城国愛宕郡瓜生山にある将軍山城の改修命令を出していた。
そのために幕府は、京の内外の寺社を含めた多くのところから、数多くの人夫や資材を総動員するように徴発している。
生まれ変わる前の時は、父と将軍山城に籠り細川晴元と戦ったが、六角定頼が細川晴元側につき、細川晴元・三好長慶・六角定頼らの合計2万もの軍勢に囲まれ、その結果城に自ら火を放ち近江坂本に逃げるしか無かった。
今回は同じことを繰り返す訳には行かない。
将軍足利義藤は、決意を胸に父である大御所足利義晴のもとにやってきた。
「父上。宜しいですか」
「義藤。どうした」
「今後のことでございます」
義藤は、父である大御所義晴の前に座る。
「何が聞きたいことでもあるのか」
「細川晴元と細川氏綱。それぞれ、どのようするつもりで考えておられますか」
「細川晴元は、細川氏綱との戦いに敗れ、劣勢に陥っている。ここは細川氏綱と手を組むべきかと考えている」
「父上。細川晴元を切り捨てるのは宜しいかと思いますが、代わりに細川氏綱を幕府管領に立てるなら、今までと何も変わりませぬ。晴元が氏綱に変わるだけでございます。それとも三好長慶にするのですか」
「だが、そう言ってもな・・・」
大御所足利義晴は、手にしている扇子を何度も開いたり閉じたりを繰り返しながら、煮え切らぬ態度で言葉を濁す。
「将軍家が自らの力で立ち上がるためには、晴元も氏綱も捨てねばなりませぬ。細川京兆家の支配する領地を取り上げて、将軍家直轄領にせねばなりませぬ」
「だが、我らには・・・」
「父上。我らは武家の頭領。本来家臣であるはずの晴元を含め多くの者たちが、将軍家に弓を引き、その都度我らが京から逃げることを繰り返しています。我らを本気で武家の頭領と思っていない証拠ではありませぬか」
「だが・・・」
「誇りまで捨てて生き延びる手立てばかり立てて何になるのです」
「義藤」
思いもよらぬ義藤の言葉に驚く義晴。
「軍勢の強さは大将たるものの覚悟で決まります。戦の指揮は全てこの義藤にお任せください。必ずや、細川晴元・細川氏綱・三好長慶らを打ち破ってご覧に入れます」
「待て、お前はまだ幼い」
「父上。既に元服して将軍でございます。戦になれば一人の武士でございます。我に策ありでございます」
義藤は、父である大御所足利義晴を見つめる。
「ハハハハ・・・いつの間にか、いい目をするようになっておるではないか。知らぬ間に一軍の将の面構えになっているな」
「父上」
「子の成長というものは、早いものだ。童だとばかり思っていたら、いつの間にか漢の面構えになっている。いいだろう、全軍の指揮と儂の命も義藤に預けよう。思う存分力を振え、好きなように策を立てろ。反対するものがいたら儂が何とかしよう」
「ありがとうございます」
足利義藤は父の言葉に深く頭を下げるのであった。
ーーーーー
細川晴元は、細川氏綱との戦で手痛い敗戦を受け、軍勢の立て直しをしていた。
三好長慶からしたら、細川晴元の受けた被害は軽微なものに見える。
細川氏綱の奇襲を受けて、命からがら逃げ出したが、本陣を守っていた軍勢は僅かであり、その状態で無傷で逃げ出せたのだから悪運が強いものだと考えていた。
普通なら亡くなっているはず、良くても瀕死の傷を負うほどの危機であったはず。
細川晴元が無傷なら今しばらく様子を見るしかないと考えるのであった。
ここは少々芝居をしておくことにする三好長慶。
「我らの力が至らず申し訳ございませんでした。まさか奴らが我らを無視して夜間中抜けをかけて晴元様本陣を襲うとは思いもよりませんでした」
「氏綱。実に忌々しい奴よ。奴との戦の結果で上様が儂の力が落ちたと勘違いしているようだ」
「上様が勘違いですか」
「氏綱と手を組もうとしていると耳に入ってきている」
「なんと、上様が細川氏綱と手を組むと言われるのですか」
「上様が細川氏綱が有利と見て、細川氏綱を管領に据えることを考えているらしいのだ」
「大御所様もですか」
「大御所義晴様、将軍義藤様共にそのつもりのようだ」
「なんたることで、今まで将軍家を支えていたのは晴元様ではございませんか」
三好長慶はわざと驚いてみせた。
「儂の力を見せつけねばならんようだ。京に向けて軍勢を向ける直ちに準備せよ」
「ですが六角定頼殿はどうするのです。上様の烏帽子親でございます。我らに味方すればメンツを失いますから上様に付くのではありませぬか」
「心配はいらん。我らの強硬な姿勢を知れば、六角は儂らに付く。その上で上様が折れるように圧力をかけてくれるであろう」
「承知いたしました」
三好長慶は急ぎ部屋から出て行くのであった。
三好長慶は三好の陣中に戻ると宿老の篠原長政を呼ぶ。
「殿。如何されました」
「晴元殿から京を攻める指示が出た」
「なんと、将軍家とことを構えるおつもりで」
「将軍家が簡単に折れると考えているようだ」
「ですが、義藤様の烏帽子親は六角定頼殿。厳しいのではありませぬか」
「縁戚からなのか、六角定頼殿を味方につける自信があるようだな」
「ならば、我らは如何いたします」
「六角定頼と細川氏綱しだい。奴らの動きを見極める必要がある」
「承知しました。ですが細川晴元殿もなかなかしぶといですな」
篠原長政は少々呆れたように表情をする。
「晴元殿はなかなか悪運が強いようだ。あの危機を無傷で乗り越えるとはな」
「殿。普通なら間違いなく細川氏綱に首を取られております。さすが、細川京兆家を力で奪い取っただけはあるということでしょうか」
「晴元殿は天下に自らの力を示す必要がある。そのため、少々強引に物事を進めるだろう。その結果、六角も将軍家も折れると考えているようだ」
「新将軍の義藤様は、幼なくともかなりの人物と聞いておりますぞ」
「義藤様は、まだ戦の経験がまったく無い。大御所様も戦が上手い訳ではなく、ここ一番の厳しい状況になると耐えきれずに崩れてしまう。そうなれば、この状況では厳しいだろう。義藤様が何度か戦の経験を積んだ後であれば別だが、いくら有能でも戦は別だ。命をかける恐ろしさを知らぬ、その修羅場を知らぬものに軍勢は動かせぬ」
「ならば、殿はまだしばらくは大人しくされるということですな」
「得るものがあれば、とことん貪欲に動くまで。そうは言っても戦は何が起きるか分からん。将軍家と事を構えるなら晴元殿の指示でやむなくという体裁は必要だろう。万が一の事態となってもその形であれば掛かる火の粉も最小限で済む、何事も大義名分と言い訳は必要であろう」
「承知いたしました。さっそく、京に向かう準備をいたします」
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