第12話 内輪揉め

三好長慶は軍勢8千を集め、摂津国越水城から細川氏綱の潜む河内国高屋城に向けて出陣の準備を整えていた。

出陣に際して三好家の宿老である篠原長政と話し合っていた。

三好長慶の傅役であり、幼かった頃の長慶の武芸鍛錬や身の回りの世話をしていたことから、主君三好長慶からの信頼はとても厚く、阿波国木津城主でもある。

「長政。この書状はどう見る」

主君三好長慶から1枚の書状を渡され、書状を少し離した姿勢で読んでいく。

「細川晴元殿と長慶様の弟様たちが手を組み謀反を企むなどあり得ぬ事。普通考えれば細川氏綱の謀と見るのが妥当ですが・・・」

「ですが・・なんだ」

「場合によっては細川晴元がわざとこの書状を書き、我ら三好家の内輪揉めを狙って、目障りになってきている殿を葬ることを考えているのかもしれませんぞ」

「細川晴元が儂を狙ってわざと書いたかもしれんというのか」

「殿。お忘れですか、細川晴元が味方であるはずのお父上を罠にかけ、三好政長、木沢長政、そして一向一揆を動かしお父上を葬ったことを」

「忘れてはおらぬ、いつの日にか奴をこの手で葬ってやることばかり考えてきたのだ」

「お父上が討たれた後、長慶様の苦労を弟様たちは皆知っております。その長慶様を裏切るはずがございません。そもそも、この書状はどのようにして手に入れたのです」

「城下で警戒していた者たちが、不審な動きをしているものを尋問しようとしたところ、逃げ出してその場にこの書状が落ちていたそうだ」

「ですが、細川氏綱討伐を命じられている以上は動かねばなりません。しかも、後詰めが細川晴元殿。何かあれば背後から我らを討つつもりでしょう」

「ならどうする」

「三好家中のことは私めにお任せください。殿は細川氏綱と細川晴元をどうするかだけお考えください」

「分かった。家中のことは任せよう」

「承知いたしました。もしも、困ったことになったら上様を頼りましょう」

「上様だと、義藤様はまだ幼い。大御所様を頼れというのか」

「いいえ、新将軍である義藤様を頼られるべきです」

「なぜだ」

「幼なくともかなりの人物と聞き及んでおります。それゆえ朝廷からの期待もあり、本来あと1年後に将軍になるはずが、1年以上前倒しにされたと言われております。剣術もかなりの腕前と言われており、現在幕府と朝廷の期待を一身に背負っておられます」

三好長慶はしばらく腕を組んで考え込んでいた。

「ならば、第三の道か・・・」

「第三の道とは」

三好長慶の呟きに怪訝な表情をする篠原長政。

「ひとつ目はこのまま細川晴元の駒として生きる道。二つ目が細川氏綱に付く道。三つ目が細川晴元と細川氏綱を直接ぶつかるように謀、我らは将軍様に直接仕え晴元と氏綱を討伐する道だ」

「そのようなことが可能で・・いや、ありえる策か。もし我らの立場が危ういようであれば思い切って将軍様の懐に飛び込むこともありでしょう。ですが危うくなってからであれば足元を見られますぞ」

「ならば、我ら三好の価値を高めて売り込むか」

「価値を高めるのですか」

「将軍家は管領の専横に対して不満を持っているのは間違いない。そこを上手く突ければいけるかもしれんな」

「ならば、細川晴元殿の居場所をそれとなく細川氏綱側に漏らしましょう。細川氏綱側が晴元本陣を強襲すれば良し。しないなら、しばらく無理はせずに戦を引き延ばし、兵の損耗を避けましょう」

「なるほど、我らの兵を温存して、両者が弱れば将軍家に仕えて両者を謀反人として討伐する許可を得れば良いか」

「はい、いかがでしょう」

「フフフフ・・面白い。その策で行こう」

「お任せください。氏綱側にそれとなく晴元本陣の位置を教えましょう」

「分かった。頼むぞ」


ーーーーー


河内国高屋城

細川氏綱は密かに高屋城に入って再起の時を待っていた。

細川氏綱のいる部屋に河内守護代の一人である遊佐長教が入ってきた。

「氏綱殿。細川晴元が動き出した。こちらに向かって軍勢を動かしている」

「何と、あの痴れ者めが、細川京兆家を乗っ取り好き放題しおって」

「三好長慶の8千の軍勢を全面に出し、細川晴元は5千の軍勢で後詰めとして後方にいるようだ」

「自らは安全な場所で高みの見物か」

「晴元の本陣の場所は調べがついている。しかも三好勢よりも手薄だ」

「手薄だと」

「そうだ。自分は安全だと思っているのだろう。その場所は三好勢を迂回して叩くことができる場所だ」

「直接晴元を叩くということか」

「三好勢は守りを固めていて、戦意は低いと見た。細川晴元と三好長慶との関係を考えれば、無理をして細川晴元を助けるとは思えん。自らの命をかけてまで細川晴元を助けることは無いだろう」

「ならば、やる価値はあるか」

「こちらも今国衆を集めている。隙を見て晴元本陣を直接叩くことにする」

「承知した」


新月の夜、細川氏綱は味方する河内国衆らと共に三好勢を避けて大きく迂回。

暗い夜道をひたすら細川晴元の本陣を目指して走る。

細川晴元の本陣を見張っていた家臣たちと合流すると、細川晴元の本陣を見渡せる場所まで来ていた。

「細川晴元の連中には気づかれていないだろうな」

「連中は緊張感のかけらも無く、随分とのんびりとしておりますので、我らが近付いていることに気がついておりません。細川晴元は、あの寺の中におります」

家臣が指差す先には、暗闇の中に篝火がいくつも見え、細川晴元の旗印も見えていた。

そしてその先に小さな寺が見えている。

細川晴元の本陣だ。

細川氏綱の軍勢は音を立てずに近づいていく。

一定距離まで近づくと一斉に飛び込んでいく。

「行け〜!晴元の首をあげよ。恩賞は望みのままだ。行け〜」

細川氏綱の声に応えるかのように鬨の声をあげて切り込んでいく。

「敵襲、敵襲〜」

細川晴元の足軽が大声で叫ぶ。

不意をつかれた細川晴元の軍勢は次々に打ち取られていく。

細川晴元の軍勢は、不意をつかれていたため誰も甲冑をつけていない。

必死に槍を振るい、刀を振り応戦しているが圧倒的に不利の状況である。

「晴元の首以外はいらん。晴元を探せ」

暗闇の中、倒れた篝火が付近の建物に燃え移り火が大きく燃え上がる。

燃え上がる炎が暗闇を照らす中、必死の戦いが繰り広げられている。

「どこだ。晴元はどこだ。探せ探せ〜」

細川氏綱の兵たちは氏綱の声に応えるように必死に探すが見つからない。

「晴元だ。逃げたぞ」

細川氏綱が声のした方を見ると馬に乗り逃げる姿が見えた。

その姿は、寝巻きの着物姿のままで甲冑もつけておらず、馬にしがみつくようにして逃げてさっていくのが見えていた。

「追え、逃すな。追え!追え!」

多くの氏綱の家臣が馬で追うが追いつけぬまま、細川晴元の乗る馬は暗闇に消えていった。

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